第20話 魔力発現

「サテッ!!」


 アウィーロの慌てた声が聞こえる。避けろという意味だろう。しかし恐怖に一瞬足がすくんだ。すかさず大剣を構えたユグナがその攻撃を受け止めようとするが、何度も飛ばされて消耗した体は攻撃に耐えられない。


「ぐっ……! あああ!!!」

「ユグナ!」


 僕の少し前にユグナが尻餅をついてへたり込んだ。手に力を入れているようだが、起き上がる様子がない。立てなくなっている。まずい、どうしようとポケットを漁った。中からはたった一つの目眩しだけ。これで、なんとかできるか? 否、考えている暇なんてない。


「うわあああ!!!」


 僕は大声をあげて竜の顔に目眩しの魔道具を当てた。至近距離すぎて防ぐ暇がなかったらしい。強い閃光があたりを照らした。この隙に、ユグナを担いで逃げるしかない。彼の肩を担ぐために手を伸ばす。

 だが、その途中で周りが邪気で覆われ始めていることに気がついた。逃げられるのか? と不安が生まれて体の動きが止まる。


 一瞬の迷いで、逃げるチャンスは消えてしまった。


「あれ……」

 ゆっくりと魔物はユグナに向かって進んでいた。そして大きな手を空に掲げ、巨大な魔力の玉を生み出す。


「あ……ああ……」


 おそらく攻撃を受けて全滅。助けを呼ぼうにも恐怖で皆声が出せない。絶望の中で命を諦めている。


「……もうダメだぁっ……」

 ポリトナの声が聞こえた。しかし僕は、その感情に逆らうように、体の血が湧き上がるような感覚に襲われていた。なんだと正体を探る間に、目の前のユグナが首を下にさげる。


「みんな逃げろ。俺がなんとしても食い止める」


 みんなが自分の命を諦めていた。それはユグナも同じだった。でも彼は自分以外の命を諦めていない。それを見てなおさら置いて行けるわけがなかった。


「ダメです! ユグナを置いてはいけません!」

「そうだよ!! 死ぬ時は一緒だもん」

「自分だけ犠牲になるようなことを考えるな」

「そうだね。僕たちはチームだ。一人を見殺しにはしないよ」


 僕は一歩一歩魔物に向かって歩みを進めていた。何故だか恐怖をあまり感じない。ユグナの隣を通り過ぎた時に、彼が怯えたように叫んだ。


「ちょっと待て! おいサテ!!」


 僕は魔物の前で立ち止まり片手を掲げた。手が引き寄せられるように突き出る。ぼーっとする意識の中で、僕はただ身を任せていた。


「サテ!!! 聞いてくれっ!! 頼む!」


 思い浮かぶのは澄み渡った水面。波紋のない静かな水だ。一気に何も聞こえなくなる。集中しろ、と自分ではない声が聞こえた気がした。


「…………」


 瞬間、ドゴンッと大きな音を立てて、青い雷のようなものが当たりを包み込んだ。静かだった空間に大きな音が割って入る。

 そして次の瞬間からは地面から唸るような声が響き渡る。目の前の魔物が苦しんでいるのを見てやっと、その音が魔物の悲鳴であることに気がついた。ぼすっと音を立てて視界が低くなり、気がつけば僕は地面に座り込んでいた。


 一体何が起こったのだろう。呆然と当たりを見渡すがわからない。後ろにいるはずのみんなは無事だろうか?


「だっ、大丈夫ですかー!?」


 バタバタと数人の足音が後ろから聞こえた。大人の声のようだ。学園の職員だろうか。

「非常に強力な魔力発現の反応が検知されて様子を見に来ました。一体何があったのですか?」


 ”魔力発現”? なんのことだと僕はわからないまま口を開く。声はうまく出せそうにない。するとゆっくり僕の腕を誰かが担いだ。目線を動かせばそれはユグナで、僕の様子を確認してから声の方に向き直る。


「探索中に竜の姿をした魔物と遭遇し、この の魔力発現によって討伐しました」


「え……?」

 今なんて言った? 僕が魔力発現?


「魔物……? ここはバーディですよね? 魔物が出るはずは……!」


 職員が信じられないと言った様子で首を横に振っている。しかし魔物が出たのは事実だ。五人も見ているのだからあれが幻であるはずはない。


「ねえ! これ見て! 魔物の落とし物かもしれないよ!」

「か、確認させてください」


 学園の職員がポリトナの元へ向かう。さっきまで魔物がいた場所に何かを見つけたらしい。そちらを見ようとしたところで、僕は顔に何か違和感を感じた。何かついている気がして、そっと手を伸ばす。


「?」


 鼻の下を拭うとぬるりとした感触がする。離した手には血がついていた。


「サテ? しっかりしろ! おい!!」


 鼻血か、と冷静に考えているところで僕の意識は急に途切れてしまった。

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