第15話 次なる手

「まずは試験の結果についてだが、全員が俺の予想以上の成績を収めてくれた。本当に誇りに思う。そして心から感謝する」


 第三理科室に着いて、全員が席に腰掛けたタイミングでユグナは頭を下げる。それに他の三人はぎょっと目を見開いて慌てて止めた。彼をじっと見つめる。僕には彼がどのような気持ちで頭を下げているのかわかっていた。彼は今の不利な状況は自分に責任があると考えているのだろう。全くそんなことはないのに。


「魔法の実技試験の結果を考えても、筆記があの成績なら十分だろう。第三の選択肢が残した結果は必ず評価の対象になる」


 そこまで言って、彼は一度黙った。僕らの目の前に人差し指を出して、その指先を見つめている。


「ユグナ?」


 名前を呼ぶと、彼はゆっくり息を吐いてその手を下げた。何をしているのだろう。みんな静かに彼を見ている。


「魔法は、全く使えない人間であっても、訓練によって発現する場合がある。『この世に魔法使いがいるということは、魔法が使える条件は世界に備わっている』という理論から来た話だ。実際に、訓練を重ねて魔法を発現した人間は数多く存在する」

「そう……かもしれないけど、まさか」


 ぱちっと視線が交わった。ユグナは僕の考えを読んでいるように頷く。冗談なんかではなく、マジの顔をしている。


「ああ。このチームには魔法使いがいない。ならば、これから魔法使いになればいいのではないかと考えた」

 つまりは、全員訓練をして誰かが魔法発現をすれば、卒業への大きな一歩となる。

「俺も一度だけ、暗い部屋で音を無くして試した時に、この人差し指から小さな青い炎を見た。それっきりだったがな」


 それを聞いて僕は内心すごく驚く。魔法ってそんな簡単に使えるようになるものなのか? 努力と気力次第で? と疑問符が飛んだ。ポリトナも同じく首を傾げている。

「それって……魔法発現法の基礎ですね」

 メロネがそう言った。ユグナがそれを肯定する。

「メロネ、どういうこと?」

「視覚と聴覚を遮断することで、自分の意識を、潜在するものも含めて魔法につぎ込む方法です。これを行えば、素質がある人間の一部は、魔法発現の兆しが見えると言われています。かなり環境作りが繊細のようですね。教科書で習った内容で、私自身やったことはありません」


「へぇ……」

「でも炎が出たってことは、ユグナは素質がある人間だってことだよね?」

 ポリトナが嬉しそうに言う。僕もそう思った。だって魔法が使えないのに指先から火がでるんだよ。僕だったらテンションが爆上がりして、自慢しまくってしまうだろう。しかしそういうことでもないらしく、ユグナは難しい顔をした。


「魔法というものは、本人の意思で使いこなせて初めて、その人物を魔法使いとする。たった一度小さな火を出しただけでは偶然の産物で、何とも言えないんだ」


「そっか……」

「そこで」


 みんなが落ち込んでしまう前に、ユグナがテーブルに手をついて僕らを見た。彼の気持ちを知ったからだろうか、これから彼が言うであろうことがなんとなく分かった。そしてその答えを僕はすでに、心に用意している。


「全員で魔法発現のための訓練を開始しよう。今後はチーム対抗のバトル形式の試験も出てくる。魔法使いがいるチームに勝つためには、やはり魔法が必要だ。今は何もできなくても、努力は惜しみたくない」


 何かを成した人間の発言力は果てしない。彼は卒業に向けて本気である意思を結果として示してきた。だったら僕たちも全力で彼に応えるべきではないだろうか?

 みんな考えていることは同じのようで、すぐに視線が交わる。試験を共に乗り越えたことで、一層絆が深まっているのを感じていた。きっとできる気がする。僕らは視線を交わし合い、ユグナに向けて力強く頷いた。


「ありがとう……ほんとう、に……」


 すると急にユグナは掠れた声でぎこちなく告げた。見れば顔が真っ青だ。次の瞬間には大きく彼の体がふらつく。僕たちは慌てて彼を支えた。


「ユグナ!!!」


 呼びかけるが、彼は下を向いて手で顔を覆ったままだった。呼吸が早い。


「聞こえてなさそう……」

「やはりご無理をされていたんです、すぐに保健室へ向かいましょう」


 僕が彼を背負って、保健室までの道を急ぐ。その途中で、背中から聞こえる苦しそうな息が、穏やかな寝息に変わったような気がした。安心しながらも足を早めるのを忘れない。


 神様すみませんでした。彼も人間だったみたいです。この人とても頑張ったので、すぐに回復させてあげてくださいと空に頼んでおくことにした。

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