第11話 ユグナの過去
「なるほど……。サテは自分に他人の気持ちを落とし込んで、人の心を理解する性格なのかもしれないな」
「へ?」
「憑依させるにしろ、思考を巡らすにしろ、他人の気持ちを考えようとする姿勢は素晴らしいものだ。……よし分かった。俺もできるだけ協力させてもらおう。それが俺の卒業にも繋がるのだからな」
「え、ちょっ、ちょっと……」
「さあ、座って」
既にユグナのペースで話が進んでいる。強引な彼に従って、僕は彼の指差した席に腰掛ける。その隣の席に彼は腰掛けた。二人で黒板の方を向き、しばしの沈黙が訪れる。
「俺はリコエシャール家の三男として生まれた。兄たちは家の後継として父と母に育てられる中、俺だけは一人の乳母に育てられたんだ。そして……幼い頃。その乳母に誘拐された」
「誘拐!?」
飛び出してきたトンデモ展開に僕は思わず口を挟む。彼が今ここに無事でいる事実だけを頭で整理して、僕は続きを話すように促した。
「誘拐と言っても大したことはない。僕は自由だった。ある日彼女は僕を連れてリコエシャール家を飛び出し、離れた土地で暮らし始めた。どうして僕を連れて出たのかは教えてくれなかった」
「そ、それで、お家の人は君たちを探さなかったの……?」
自分の大切な息子が誘拐されたのだ。うちにはまだ子供が残ってるから大丈夫! なんて話ではない。立派な警察沙汰じゃないか。慌てる僕とは対照的にユグナはとても落ち着いている。
「もちろん探されたよ。逃げた三日後にはもう父が僕の目の前に立っていた。多くの人員を派遣して捜索されたらしいからな。生まれた時から側にいた乳母から離れるのは、子供ながら嫌だと思ったけれど……彼女の侵した罪を考えれば、流石に連れ帰られると思った。……でもそうはならなかったんだ」
「……?」
「父は僕に、乳母と暮らしながら彼女を見張るように言ってきた。自分の耳を疑ったが、聞き間違いなどではなかったらしい。それだけ告げて、父は僕を置いて帰って行った」
「じゃ、じゃあ、ユグナはそれからずっとその乳母さんと暮らしたってこと?」
「ああ。彼女は僕が父からの命で見張っているとも知らずに、本物の家族のように愛を注いでここまで育ててくれた。……しかし」
ユグナは辛そうに眉を下げる。僕はただ黙って彼の言葉を待つ。何となく自分も、彼と同じ表情をしているような気がした。
「突然、その人は僕を捨てて、一年前にいなくなってしまった」
「いなくなった? ……今も行方不明ってこと?」
「行方不明と言えばそうだが、大まかな場所はわかっている。でも気軽には会いにいけないし、行って無事に会える保証もない。だけど会える可能性に賭けて俺は、スィッフハンターを目指すことにした。そうすれば同じエリアには行ける」
そこまで聞いて僕にもその乳母の居場所の見当がついた。まさかここ数日の歴史の授業がここに活きてくるとは。
「その人はギドルヴァーグにいるんだね」
「ああ。捨てられたとわかった日、俺は何とかして彼女を見つけようとすぐに後を追った。そして一目、彼女に会うことはできた」
「でも、いなくなっちゃったの……?」
「彼女は、魔族と共にギドルヴァーグへ足を踏み入れた。魔法結界を超えてな」
「ええ!?」
夜中のテレフォンショッピングのような反応をしてしまったなと、僕は一旦冷静になった。
彼の言葉を脳内で繰り返して、またまた授業で習った内容を脳内で復習する。僕たちが今いるクレントアーレとギドルヴァーグの間には魔法結界が張られており、簡単に行き来することはできない。
唯一出入りが可能なのはスィッフユニオン内の門だけ。しかし彼が言うには、乳母は張られた魔力結界からギドルヴァーグへ行ってしまったらしい。一緒にいた魔族が結界を一時的に破ったところを見たそうだ。
「おそらく魔族に唆されたんだ。あれは一時の迷いからくる行動の結果。だから俺が魔族の手から解放してあげたい。そのためにはいち早くスィッフハンターとなってギドルヴァーグへいく必要がある」
「立派な理由じゃん……」
自然とそう口から出ていた。それを聞いてユグナは苦笑する。
「だが父には大反対された。幼い頃から官僚を目指せと言われていたから、突然進路を変えてきて驚かせたのもあるだろう。事情は話したが、もう乳母の見張りは必要なくなったから忘れろ、の一点張りだった」
「そうなんだ……。さっきDクラスの子が話していたね。有名な家なんでしょう? 学園にも口が聞けるって」
「まあ、そうかも知れない。父親はこの学園に多額の融資を行なっているから、金で物を言わせているだけだ。しかしそのせいでサテたちを巻き込んでしまっているんだ。本当に申し訳ないと思っている」
巻き込んでいる? ……どういう意味?
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