第10話 他人が頑張る理由

「ねえねえユグナくんのチームって、Dクラス欠けなんでしょう? しかも増員がEクラスだけだって聞いたよ」


「そうなの!? 言ってくれたら私一緒に留年したのに!」

「そんな落ちこぼれたチームより来年のクールでチームになろうよ。今からでも遅くないでしょう?」

「ユグナくんのお家ってかなりの名家よね? 頼んだら希望するチームに入れるんじゃないかしら」


 きゃぴきゃぴ、と効果音の幻聴が聞こえる。可愛い顔してみんな言いたい放題だ。外から見ると、僕たちのチームってこういう扱いを受けるのかと現実を初めて目の当たりにした。不思議とショックよりも、今は次のユグナの言葉が気になってしょうがない。卒業を急いでいるとはいえ、魔法使いからここまで好かれていれば、悪い気はしないだろう。もうしかして僕たちは捨てられてしまうのではないかと思った。彼女たちの言う通り、第三の選択肢はユグナの圧倒的優秀さで何とかなっている節がある。


 彼は少し黙ってからゆっくりと口を開いた。僕の心臓がトクトクと音を立てている。


「魔法使いからの申し出はありがたいが、今メンバーに困ってはいない。俺は必ずこのクールで卒業する」


「で、でもぉ……」

 ユグナは全く靡いていなかった。はっきりとした言葉に周りの女子たちは歯切れが悪くなる。Dクラスの男子たちもチラリと視線をユグナに向け始めていた。その気持ちわかるよ、男子生徒たちよ。普通こんなチヤホヤされたら誰だってキモい反応しちゃうよな。こんなにブレない男ってかっこいいよな。漫画の最強主人公みたいだ。


「それってユグナくんは大丈夫なの?」

「そうそう、だって二クラス分勉強するんでしょう? 体壊しちゃうし、精神的にも辛くなっちゃうよ?」

「録音したやつって、夜中に勉強してるんだよね」


 そこまで言われて僕ははっと気がついた。確かに授業を一日分録音して、それをいつ学習するかなんて考えてみればわかることだ。まとまった時間を取るとすれば、宿題を終えた後。夜中に聞きながら学習するしかない。

 彼の顔にうっすらと浮かぶくまがそれを裏付けていた。僕たちには苦労している素振りを見せてこない。

 ちゃんとユグナの苦労を知ることができなかった。彼は口だけじゃない。本当にやる人間は、口外せずに見えないところで努力するものだと、どこかで聞いたことがある。


「問題ない。ご心配感謝する」


 ひっくい声でそれだけ行ってユグナは教室から出てしまった。こちらには気づかずに行ってしまいそうだったので僕は慌てて彼を呼び止める。ゆっくりと彼はこちらを振り向いて、少し拍子抜けしたようにきょとんと僕を見つめた。さっきまでの女の子たちにもその顔見せてやればいいのに。


「サテ?」

「お、お疲れ様。ちょっと用があってさ」

「どうした? 何か困ったことでもあるのか?」


 話しかけたところで多数の人間からの視線を感じて、僕はすぐに口を閉じた。ここはDクラスの目の前。どちらのクラスでもない教室の前で話すのは気が引けて、僕たちはいつもの第三理科室に移動することにする。他のメンバーがいない部屋はなんだか静かで広く感じた。


「それで、どうしたんだわざわざ」


 荷物を下ろして彼は僕を振り返る。わざわざユグナを尋ねてこうして二人で話せるところまで来たというのに、恥ずかしさが顔を出す。ポリトナにもらった力はエネルギー切れのようだ。なかなか話をしない僕に呆れ、彼が気を悪くしないうちに話さなくてはと慌てて口を開く。


「その、……ユグナはどうして試験勉強、そんなに頑張れるの?」


 やっと僕は彼に率直な疑問をぶつけてみた。彼は少し首を傾げて当然のような顔をする。


「卒業のためだが……。どうしてそんなことを聞く?」


 どうして、頑張る理由を問うのか? 返された質問の答えを僕は必死に探した。スィッフユニオンがどんなものか。この学園を卒業したら何ができるのか。ほとんどを知らないままこの学園に来た僕には、頑張る理由が見つからなかったから。


「今の僕の意思では、頑張り続けるには弱いかもしれない。自分以外の誰かが頑張る理由を聞いてみたいって……おもって……」


 言葉尻に自信がなくなり、どんどん声もボリュームダウンしていく。彼が黙ったままだったので、慌てて言葉を続けた。


「じっ、事情を聞いたら君の気持ちになって力をだせるかも知れないかな〜……なんて」


 ああ、まただと思う。これは僕の自分が嫌いなところだ。他人中心の考え方をして、失敗しても逃げられる保険をかける。僕はいつも、それっぽい理由をつけては雰囲気でその場を終わらせようとするんだ。きっと彼も自分というものを持てない奴は嫌だろう。だって卒業のために頑張るなんて僕以外の全員にとって当たり前のことなんだから。


 はっきりしない自分が何だか恥ずかしくなってくる。もう強引に話を変えてしまおうと思った矢先に、ユグナが顎に手を当ててすっと僕の顔を見た。

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