第9話 三日坊主

 僕も正直そう思った。僕が生まれる何年も前からずっと探されている宝は、本当に実在するのか。そしてそれを人間が見つけられる日が来るのか?


 先生は少し考えてから彼を見た。

「そうだな。十世紀以上の期間をかけても見つかっていないから、そう思うのも無理はない。しかし我々はスィッフの存在を信じている。いつかは見つかる。ただ、人間が暮らしているエリア以外を虱潰しに探す他に、手がないとされているのも現状だ」


 先生がまた教科書の次のページを見るように促した。見てみると、数年前にスィッフのかけらと思われるものがハンターによって発見され、スィッフユニオンの学者たちが調べているらしい。教科書の隅に薄水色の欠片を観察する白衣の男の写真が載っていた。もしそれが本物であるなら確かにスィッフはあると言えるか……? なんだかモヤモヤとしたまま先生の話を聞いた。


「その欠片には、強力な魔力が宿っていた。なのでスィッフの力は魔法が大きく関係するものと考えられる」


 大昔、古文書に記載されている内容では、スィフというものが手にしていた宝。所有者は万物を思い通りにでき、すべての神となれる。それを知った後の人間たちは皆、スィッフを追い求めてきた。万物を思い通りにする力には魔法が大きく関わっている。


 僕はそれをノートに書き留める。後十分ほどで授業が終わるので、先生が板書した内容を慌てて書き進めていった。全ては試験で満点を取るために。初めのうちから頑張っていかなければ。


「……って思ってた頃もあったよね」

 頑張ろうと意気込んでから数日がたった放課後のこと。授業は真面目に受けられていると思う。……でも。ノートのまとめ方は日を追うごとに適当になっている気がするし、何となく授業内容に関する興味も失われていくような感覚に囚われている。俗にいう三日坊主かもしれない。




「飽きてきた……」


「えっ」


 ポリトナちゃん……じゃなかった、ポリトナから驚いたような声が漏れた。昨日の第三の選択肢の集まりで、全員呼び捨てでいいという話になったので、心の中でも呼び捨てにすることにした。彼女はというと、心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。


「サテ、大丈夫? ちょっと疲れちゃった?」

「そうかも……やる気無くしちゃった」


 だらりと机に覆い被さって力を抜いていると、ポリトナは僕の目の前に椅子を移動させてちょこんとすわった。気まずそうに視線を往復させて、僕の右腕付近で目を止める。


「小テスト満点だったんだ」

「え? ああうん。何とかね」

「すごいねぇ! ボクなんて七〇点だったよ?」

「短期記憶は得意なんだ」


 腕の下にプリントを敷いていたらしい。今日の授業で歴史の小テストが行われて、今朝から勉強を始めたにも関わらず、僕は満点を取れた。これは僕の小特技みたいなもので、短期記憶能力のおかげ。今受けたら同じ成績は取れないだろう。その時だけの記憶で何とか乗り切った感じだ。


「ユグナにも言ってみたら? やる気出させてもらえるだろうし、小テストの結果も褒めてくれると思うよ」


 ポリトナが微笑んで、そうか、と僕は思った。ユグナは僕たち以上に内申点を気にしている。だからこのような小テストの結果一つでも、耳に入れると次のゴールを考えてくれる。やる気をなくしている僕にとってはいい刺激になるかもしれない。


「そうだね。今日は集まりがないから、この後会いに行ってみるよ」

「うん。やる気、出るといいね。ボクも頑張らないとなぁ」


 そう言って天使の笑顔が向けられた。その笑顔に立ち上がって移動する力をもらう。僕は彼女に手を振って教室を出た。ユグナとはスマホで連絡を取ろうと思ったけれど、たかが小テストの成績をチャットで送った後、待ち時間が地獄のようになる気がして、直接話すことにする。

 それにやる気がなくなってきただなんて文字で打ってしまえば本当にそうなってしまう気がした。慌てて首を振って、僕はAクラスを目指す。


 二つ先の号館に入る。ここはAクラスとDクラスがある建物だった。二階の一番奥にあるAクラスを目指して歩いていく。二つのクラスがあるからか、人の出入りが激しい。無心で歩いていると、Dクラスから女子の歓声が聞こえてきた。少しだけ気になってチラリと目をやる。


 次の瞬間には僕は足を止めていた。


「それ、ユグナくんのだったんだぁ!」

「ユグナくん、それでお勉強するの?」

「ああ」


 女子の中心にはレコーダーの中身を確認するユグナの姿がある。その周りの女子全員が彼に好意を寄せているのは遠目にも分かった。その歓声をBGMとしか思ってないような顔で、彼はレコーダーを操作していた。くそ、なんて羨ましい奴。顔よし頭よしでおまけに圧倒的リーダーシップ。ユグナにはモテる要素が満載だった。何となく僕は教室の扉に身を隠してその様子を観察していた。もうしかしたら女の子に言い寄られて珍しいユグナが見られるかもしれない。


 よし、聞き耳を立てることにしよう。

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