第8話 スィッフ
ユグナが取り出した物には中心には三つのボタンが付いており、上部はマイクのようにガサガサした素材でできているように見える。ポリトナちゃんが首を傾げながらそれを覗き込んだ。
「それって、レコーダー?」
「そうだ。授業を録音しておくためのな」
彼は自分がAクラスの授業を受けている間、Dクラスの授業を録音するつもりらしい。それだけで試験を受けられるのかは謎だが、自信満々に言い切る彼に誰も反論しようとはしなかった。否、できるわけがない。見てくれ、彼の顔を。自慢するようにレコーダーを掲げた姿に少年のような印象すら抱く。
「新しい生活に浮かれた新入生たちがテストを意識し出すのはもっと後になる。しかし我々は明日の授業から意識的に取り組むことで、授業態度でも評価を得られる。その上で筆記試験の成績も良いものを収める。他のチームとの差別化が鍵だ」
それに全員が黙って頷くと、彼は少し嬉しそうに微笑む。鞄を拾い上げ、「では明日から、期待している」とだけ告げて彼は颯爽と去っていった。なんだろう、大企業の社長のような、しっかり者の上司のような……褒めてもらえると嬉しい存在。本当に同い年なのか怪しくなってきたな……。さっきの少年のような印象は取り消そう。彼は人生何周目なのだろうか。
ぼうっと彼が通過していった理科室の入り口を見ていると、視界に空色のリボンが映る。視界を下げると、胸元でぐっと拳を握るポリトナちゃんが僕を力強く見上げていた。控えめに言って天使のようだ。
「がんばろーね、サテくん。担当したところは、百点目指そ!」
「……そうだね。頑張ろう」
鈴が鳴るような声に昇天しかけ、慌てて口元を手で覆って返事を返した。なんだか日に日に可愛さが増してるよなこの子。ああ、一応言っておくが僕はロリコンなどではない。断じて違う。小さい女の子が可愛いのは当たり前だろうが。なんでもいいからいつも通り返事ができたのを褒めてほしい。
その後僕とポリトナちゃんは授業のコマ数と得意分野を確認し、どの教科の試験を受けるか分担しあった。僕も役割をちゃんと果たさなければ。
ーー
「それでは、授業を始めよう。本日はスィッフの歴史について基本的な部分を説明していく。教科書の十二ページを開いて」
学園での生活が本格的にスタートし、クラスメイトの顔と名前を覚えてきた。この時間は天草先生の歴史の授業だ。歴史の試験は僕の担当なので、余すことなく聞いておかなければと意気込む。
教科書を開いて先生が言ったスィッフの説明を見ていく。スィッフと言われてまず思いつくのは、それが宝であることと、僕が目指しているスィッフユニオンという組織だ。
スィッフなるものについてはあまり歴史などは調べてこなかったので、基礎から知れるのはありがたい。興味が持てれば意欲的に学ぼうと思えるはずだ。授業を語ると長くなるので、先生から解説された内容を僕なりに要約してみることにする。
スィッフはかつて太古の昔に、スィフという者が手にしていたとされる”万物を思い通りにできる宝”だ。人類がその存在を知ったのは千年ほど前。スィフの壁画と古文書が発見されてからだった。壁画に描かれている水晶玉のような球体の宝を皆はスィッフと呼び、手に入れるために大地や空に至るまで捜索した。
しかしそれは見つからず、長い年月が経過し、今に至る。現在はスィッフユニオンという世界規模の組織がスィッフを見つけるための仕組みを作り、スィッフハンターと呼ばれるものたちを未開拓の領域に派遣して捜索を行っている。スィッフハンターになるためには、専門の学校を卒業する必要がある。
「つまり、諸君がこの学園を卒業した暁には、スィッフハンターとしてスィッフユニオンに就職することができる」
なるほど、と思うと同時にそんなことも知らずにここにきたのかと自分にツッコミを入れた。卒業して何か資格が得られるのなら、入学前にそれくらい調べるべきだった。スィッフユニオンに就職できるのなら、別にいいけれども。宝探しの仕事なんて、ロマンがあるし。まあいい就職先に行ければなんだっていいんだけどね。
「スィッフ捜索は長年、世界中から関心を集め続けている。そして何でも成し得る宝を得るために多額の投資が行われてきた。その投資は現代ではスィッフユニオンに集められるので、スィッフハンターになるだけでも生活には困らない収入が得られる。さらに、もしスィッフを見つけることができれば、それは歴史に名を残すほどの功績となる」
聞けば聞くほど夢があるなぁ、とシンプルにそう思った。一攫千金とまでは簡単に行かないだろうけれど、長い歴史の中でみんなが求める宝を探すことができたら億万長者で、一気に世界のヒーローになれる。お金に顔写真が載るかもしれない。
「次のページを開いて。地図を見てほしい。近年は未開拓のエリア、ギドルヴァーグでの探索が盛んだ」
空想を断ち切って言われた通りに次のページを開くと、世界地図が描かれている。僕が住んでいる国のクレントアーレから、さらに北方向のエリアが赤い丸で囲まれていた。書かれている地名はギドルヴァーグ。まだ人類はその場所をよく知らない。小さい頃からそれは聞かされてきたことだ。
「人類未開拓のエリアは魔物が多く住み着いている。地図のピンク色の太い線があるだろう。そこに強力な魔力結界が張られており、中からも外からも自由な行き来はできない。スィッフユニオンが有する門を除いてな」
先生が言った通り、クレントアーレとギドルヴァーグの境界線は国境とは別のピンク色の線で仕切られていた。おばあちゃんに昔聞いたことがある気がする。大魔法使い様が結界を張って国の人たちを守ってくれているのだと。
「この魔力結界によって、我々は魔物の脅威から守られている。スィッフを見つけられればその危険も無くなるだろうがな」
そこですっと手が上がる。僕の後ろに座る男子生徒だ。大変ガタイがいい生徒で、少しの動作でガタガタと机や椅子が音を立てている。名前はキイルだ。
「はい、先生」
「どうした?」
「そんな長い間闇雲に探して、スィッフは本当にいつか見つかるんですか?」
彼の質問に何人かは反応し、先生に視線が集まった。
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