第2話 僕の目的
先生は静かな、静かな声で言う。
「君たちはこの歴史あるレイトノーウェス第二学園で八二〇番目の新入生となる。同じ仲間として、どうか……どうか根気強くこの学園の卒業と、その先の目標を心に抱き続けて欲しい」
その言葉には先生なりの想いが込められているような気もした。でもそれがどういう意味なのか僕にはよくわからない。ちらりと周りを見渡してみると、先生と同じように真剣な目をしている生徒が多くいた。わかっている人もいるんだと僕は少し疎外感を感じ始めている。……果たして馴染めるのだろうか、この特殊な学校に。
「初めまして。三五番のドリー アンディアです。私は……」
そこからはクラス名との自己紹介の時間になった。各々名前や趣味、どうしてこの学園に来たかなど、好きに話を進めていく。僕の席は教室の左端で列の後ろから三番目。自己紹介の順番が回ってくるのはほぼ最後だ。みんなが何を話すのかを聞きながら自分が言うことを考えておく。
考える時間は十分過ぎて三回もシミュレーションができてしまった。考え中やシミュレーション中に自己紹介した人の話はあまり聞けていなかったけれど、みんなと一緒に拍手をするのは欠かさない。
「それでは次」
僕の番が来る。二人前くらいから心臓の鼓動が速くなっているのを感じていた。はいと返事をすると先生が頷いてくれる。
「…………」
僕は椅子が音を立てないように気をつけながらすっと立ち上がった。クラス中の目線が僕に集中するのがわかる。少し顔が熱くなるのを感じた。
「サテ メイカイです。クレントアーレの南地出身で、スィッフユニオンに行くためにこの学校に進学しました。結構世間知らずでわからないことも多いので、いろいろ教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」
教室中から拍手が起こる。僕は軽く一礼してまた座った。無難に済ませることができてよかった。変におちゃらける人もいたけれど、小さな笑い声が巻き起こるだけで僕も対してリアクションする余裕はなかった。本当に三者三様いろんな人たちがいる。中には僕と同じでスィッフユニオンを目指す人も多いようだった。
そう、それこそが僕がここにきた目的だ。
僕が目指すスィッフユニオンは、この世界で最も巨大な組織だ。国境の壁を超えて多くの人材が集められ、”ある目的”のために動いている。そこに就職することができれば優秀である証となり、一生食いっぱぐれることもない。さらに功績を残せばさらに地位と報酬は上昇する。だから僕はそこを目指すことにした。僕は出来が良くて、功績も残せてしまうと思っていたから。
”優秀なサテくんならスィッフユニオンにいけちゃうわ”
僕は生まれてこの方家族にベタ褒めされて生きてきた。家族のことを思い出すたびに、僕を褒めちぎる母の声が頭の中で再生される。僕の両親や祖父母は僕のいいところを見つけるのがとても上手で、僕ができたことはどんな些細なことでも褒めてくれた。学芸会の演奏も、クラスで唯一満点をとった小テストも。頭ひとつ抜けて僕が素晴らしいと、それはそれは持ち上げられてきたものである。失敗した時すら僕ができた部分をちゃんと見てくれて、それを何倍にも大きくしてくれていた。
そんな日々を過ごすうちに小さい頃から僕の僕自身に対する評価は加速し続けていく。
”僕ってすごい人間なんだ……やはり他のみんなとは違うのか”
そして世間からの評価との差は知らぬうちに開き続けた。元々僕は新しいことのコツを掴むのが他人より早く、なんとなくやり方がわかってしまうところがある。それがいけなかった。上達が早いとまた身内に褒められ、調子に乗る。
もっと褒めてもらいたいと思ううちに、僕の自己評価と、未来の自分に託す目標だけが膨らんでいった。絶対サテ至上主義の中でそれを誰も止めることはなく、とうとう夢物語だと思っていたスィッフユニオンへの所属を本気で考えるようになる。
スィッフユニオンに行くには専門の学校を卒業している必要があるので、国内に二つしかないうちのこのレイトノーウェス第二学園を目指すことに決めた。もちろん家族は喜んでくれて、サテなら余裕でできる、だってサテは頭も良くてなんでもできるからねと進学への投資を惜しまなかった。緊張しながらも合格通知を受け取った時に僕は、やはり自分は天才で、優秀な人間なのだと飛び上がるような気分と共に浮かれた。
その気持ちは今日この学園に来てクラス分けを見た途端に、ショックと共に消え去ってしまったのだけれど。
そう自分の過去を遡っているうちに、全員の自己紹介が終了していた。いかんいかん。なんだか今日は自分の世界に入り浸ってしまう。やはり緊張をしていて、それを和らげるために自分の内側にこもってしまっているのかもしれない。
「それでは次に、この学園での君たちの過ごし方について簡単に説明を行う」
そう言って天草先生は資料を配った。
回ってきたプリントには”チーム制度”と書かれている。僕はピンと来ないまま首を傾げた。
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