ぶっ飛ばしてやる

「窓、ぜんぶ開けろ!」

「……うっ。頭が痛いですわ……」


 部屋の中には、スプレーに含まれているガスが充満していた。衝撃が強すぎたせいで感覚がおかしくなったのか、宇石くんと茉里栖さんが来るまでにおいに気づかなかった。


 ふらつきながら足を一歩前に出すと、何かを踏んづけてしまった。近づいてみると、あたしが紙ねんどで作ったハムスター。頭からペンキを浴びて、真っ赤になっている。


「ふざけんな……」


 あたしの中で、ぷつりと何かが切れた。

 ありえない。腐ってる。蜂谷エリナ!


 あたしはグルーガンを持ったまま、部室を飛び出した。これから教室に踏み込む。

 お高くとまって、すり寄ってくる仲間以外はみんな格下扱いして。


 そんな女だけど、泰原先輩に喜んでほしいって気持ちだけは本物だと思ってた。でも、実際はどう?先輩のために企画したパーティーまで、嫌がらせの材料にしやがった!


 きれいな髪を根元からひっつかんで、首がもげるほど揺さぶりまくって。

 それでも罪を認めないなら、手加減はなしだ。床に転がして、あごを蹴り上げてやる!

 


 ずんずんと一直線に、教室を目指す。

 朝の廊下には、楽しそうに騒ぐ生徒たち。肩を怒らせて歩いてくるあたしに気づくと、跳ね飛ぶように道を開ける。


 いかつい顔立ちと背の高さのせいで怖がられないよう、ずっと猫背でヘラヘラしてきた。もうそれも、やめだ!


「泰原先輩が、最後に楽しい思い出を作れるようにって、宇石くんと力を合わせてがんばったのに。それを平気で壊しやがって」


 教室の出入り口に、男子と女子がひとりずつ立っている。村井さんと寺野くん。悪いけど押しのけて、引き戸に手をかける。


「だめ、志戸さん……っ!」


 あたしの手を離れ、勢いよくスライドして開き切る引き戸。瞬間、視界が白く染まった。ぐちゃっという音が遅れて聞こえ、甘ったるい香りが鼻をつく。顔一面に広がる、ぬるぬるとした感覚。……生クリームだ。


「きゃはは、大成功〜!見て、めっちゃきれいにいってない!?」


 クリームでべとべとの紙皿を持った兵動さんが、爆笑しながら呼びかけた。遠くで見物していた蜂谷さんや取り巻きたちから、わあっと歓声が上がる。


「もえかちゃん、だいじょうぶ?」


 わざとらしくゆっくりと歩きながら、浮田くんが煽ってくる。


「……これで全部?」

「ん?なぁに?」

「だから!あんたたちの嫌がらせは、これで全部なのかって聞いてんだよ!」


 信じられないほど大きな声が出て、一瞬、自分が火を吹いたように錯覚した。あたしの豹変ぶりに、クラス中が静まり返っている。


「パーティーの準備を台無しにしたのも、あんたなの⁉︎」


 グルーガンを持った右手で、兵働さんを指し示すあたし。図らずも、彼女の眼前に銃口を突きつける形になった。


 とたん、兵働さんの目が、眼球がこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれた。床にくずおれると、両手をつき、ハッハッと苦しそうな浅い呼吸を繰り返し始める。みるみるうちに顔に汗が浮かび、尋常じゃない様子だ。


「まのんちゃん……?痛っ!」


 浮田くんがサッとしゃがんで、一瞬だけ顔をゆがめると、兵動さんの背中をさすり出す。


「え、どうしたのかな」

「あいつ、なんか変じゃね?」


 教室にざわめきが走る。

 蜂谷さんや取り巻きも寄ってきて、二人を囲んで声をかける。ついに兵働さんが床に倒れ込むと、悲鳴を上げる子まで出てきた。

 困惑していると、出入り口のほうから「志戸!」と呼ぶ声がした。


「宇石くん……」


 クリームだらけのあたしを目の当たりにした宇石くんの形相は、まさに鬼だった。教室にいる全員に向かって、


「いったい何があった!誰でもいいから説明しろ!」

「やべえ、宇石がキレた!」


 男子たちもパニックになり、机やイスにぶつかりながら避難する。誰かが知らせに走ったらしく、担任の先生がすっ飛んできた。


 兵働さんは保健室に連れていかれ、あたしは顔と髪についたクリームを洗い落としたあと、生徒指導室行きとなった。


 そして、保護者呼び出しが決定。


 父さんが来ることは距離的にも業務的にも無理なので、先生は緊急連絡先として申告してある番号に電話をかけた。

 


 ピロロロロ、ピロロロロ……。


「起きろジジイ!電話番もまともにできないの⁉︎」

「んあ?……亜蘭にしちゃセンスねえ音作りしてやがんなと思ったら、こいつか。……どうも、オレ様だ。志戸さんのお宅でしょうかだと?何寝ぼけてやがる、ここはブラックスミス」

「保留ボタンを押しなさい、ジジイ!」

「やかましいボウズだな。これか?」

「どいてっ!もしもし、大変失礼いたしました、ブラックスミスです。……あ、いつもお世話になってます。いえ、ここはもえかの祖父の店で、自分は社員でして。はい、本当にすみません、自分のほうから申し伝えますので。……ええ、はい、もえかが…………はいいい〜〜⁉︎ちょっとアンタ、それホントの話っ⁉︎」


 ガチャン。


「どうした亜蘭。昔の男か?」

「セクハラジジイッ!」

 空になったボトルが直線を描いて飛んでいく。

「もえかの担任よっ。あのコが問題起こしたから、学校に来いって……」

「何ぃ⁉︎ついに呼び出しか!こうしちゃいられねえ!」

「上半身ハダカで地上に出るな、ジジイッ!なんべん職質受けりゃ気が済むのよっ!」

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