わからないもの

 宇石くんが登校してきて、茉里栖さんといっしょに技術の授業を受けることができた。


「みんなCDって持ってる?」

「部屋にたくさんあるぞ。童謡は、サブスクにないものが多いからな」

「ライブの物販で購入したものを持っております。でも、聴くためのプレイヤーがありませんわ……」


 和気あいあいとまではいかないけど、普通に会話しながら作業をするあたしたち。みんなからの、ちらちらと様子をうかがうような視線を肌で感じる。うん、気にしない!


「恭哉くん。オレここいていい?」

寺野てらのか。俺は構わないが、どうした」

諂諛てんゆの声が、耳にキンキンすんの。志戸ちゃん茉里栖ちゃん、おじゃますんね」


 そうそう!ひとりだけなんだけど、宇石くんに話しかけてくれる男子が出てきたんだよ。


 寺野文彦ふみひこくんは、一見ちょっとチャラめな男子。難しい小説の地の文とかにしか出てこないような言葉を使うから、みんな『ジノブン』って呼んで面白がってる。


 ……兵働さんが、蜂谷さんに耳打ちしながらこっちをにらみつけている。ふん、ぜんぜんこわくないもんね。つっかかってきたら、また言い返してやる!


 放課後。社会のワークを机の中に忘れたことに気が付き、いったん教室に戻ってから部室に帰ると、こんな会話が聞こえてきた。


「まあ。背中にやけどを……」

「「災難でしたね」」

「もう痛みはないが、完治するまでは、しばらく通院するように言われてるんだ」


 あたしは思わず駆け寄る。


「やけどって、なんで!?」

「……たっくんを覚えているか?帆南ちゃんを迎えに来てくれたときにいた男の子」


 お、お、覚えていますとも、タクミくん。アカネさんと亜蘭ちゃんの会話を思い出して、背筋がぞくーっとした。


「どうした、いきなり白目をむいて!」


 ふるえながら理由を説明すると、めちゃくちゃ呆れられてしまった。


「帆南ちゃんママが話題に出した『たっくん』はおそらく、先月転園していった一歳のタイシくんだ。タクミくんのお母さんは、中国に出張中」


 これは恥ずかしすぎる。さらに、あのとき目撃した黒ワンピースの女性は、忘れ物を取りに来たサラちゃんのお母さんと判明。


「早とちりしてごめん……。でも、タクミくんと宇石くんのやけどと、どう関係があるの?」

「画用紙を買いに行く途中、公園で春祭りをやっていたんだ。豚汁を振る舞うから食べて行きなさいと役員の人に誘われて、テントの近くで待っていた。すると長机が古くなっていたらしく、大鍋を置いたとたんに脚が折れて。いい匂いにつられて走り寄ってきた小さい子に降り掛かりそうになったんだ」


 とっさに抱え込んで、宇石くんが熱湯を浴びた。

 意識が飛びそうな中で泣き声を聞いて、初めてたっくんだと分かったんだそう。


 そうか。あのときタクミくんのお父さんが謝り倒していたのは、自分の子をかばって、園長先生の息子である宇石くんがケガを負ってしまったから……。


「俺の顔を見るたびに土下座をしようとされるから、母から『あんたは引っこんどきなさい』と命令されてる」


 宇石くんのやけどは、深いⅡ度熱傷という状態で、完治しても跡が残るそうだ。タクミくんが熱湯を浴びていたら命に関わっていたかもしれないとはいえ、あたしはショックを隠せない。


「そんな顔しなくていい。ほら、作業だ」

「……うん。宇石くん、すぐ動いて助けられたの、すごいしえらいよ」


 強引に気持ちを切り替え、ノコギリを手にして木材に当てた。


「志戸に言われると、誇らしいな」


 ん?金属どうしがぶつかり合う音に混じって、宇石くんの声がした気が。


「ごめん、なんて?」

「ケガしないよう、気をつけろよ」

「わかった。ありがとう……!」


 そこからは黙々と作業に集中。結果、必要となるすべてのパーツがそろった。


「こっちも順調だぞ」

「うわぁ、すっごいかわいい!」


 いつの間にか宇石くんの周りには、音楽に乗ってダンスしている、キュートなおばけが描かれたパネルがたくさん!


 みんなが、宇石くんをこわがっていることが不思議に思えてくる。かくいうあたしも、ヤクザの若頭だなんだとカン違いしてしまっていた一人だけど。



「恐怖の本質は、不安といえます」

「わからないから、こわいのです」


 ストレッチと水分補給をするついでに、双子によるホラー講座を見学。茉里栖さん、ノートまで取ってるよ……!


 リンが、タブレットに二枚の画像を提示した。どちらも血が付いた包丁を振りかぶった女の子の画像だ。すみっこに『A』と書かれている方は恨みのこもった顔をしていて、『B』の方は不気味に笑っている。


「AとBの画像では、感じる『こわさ』の種類が違いませんか?」


 ちょっとわかる。Aの子は話が通じそう。


「犯行に及んだ背景が想像できる。どうしても許せない人がいて、手にかけてしまったのかもしれない」


 宇石くんが分かりやすく言葉にした。

 対してB。こんな残酷なことをしながら、どうして笑っているのかわからなくて、不安になる。


「わたくしが、蜂谷エリナたちに感じていたおそろしさに似ていますわ」


 茉里栖さんが、おもむろに口を開いた。


「自分らしく生きよう、個性が大事。そんなメッセージが込もった作品を好むくせに、自分と毛色が違う人をバカにして。スポーツチームの絆に感動したと言いながら、誰かを仲間はずれにして楽しんで。そんなちぐはぐさに、わたくしは薄ら寒いものを感じるようになりました」


 ……茉里栖さんの推しは、『ビビッドヴァンプ』というビジュアル系バンド。


 ヴァンパイアや悪魔みたいな青白い化粧をして、地下にあるライブハウスで激しい音楽を奏で、地の底から響くような声で歌う。


 さわやかで健全な世界に疑いを向け始めた茉里栖さんにとって、それはきっと、衝撃的な出会いだったに違いない。


「ビヴァンのメンバーさんたちね。ツアーが中止になっちゃったこと、すごく悔しがってたって。……なんで知ってるかというと、あたしのじいちゃんが、ブラックスミスのオーナーなんだ」

「そうでしたのね」


 あれっ、思ったより反応が薄かった。


「生徒玄関で倒れたときのこと、思い出したんです。志戸さんが、ブラックスミスのスタッフTシャツをお召しになっていて。それから、ブラックスミスの公式インスタグラムに毎日アップされてるウェルカムボードの写真。志戸さんの字と、ぴったり一致しましたから」


 そういうことか!


「……ヴィル様に会わせてほしいなどと、利用する目的でいっしょにいるのだと思われないよう、自分から話題にはしませんでしたが……」


 うん。茉里栖さんはそんなことしない子だって、ちゃんとわかってるよ。


 グルーガンを使って、踏み台の仮組み立てをしてみる。うん、なかなかいい感じ!今日はもう時間がないし、明日クギ打ちしよう。



 今夜も亜蘭ちゃんは遅くまでお仕事。


「わからないから、こわい……か」


 あたしはサブスクで、『モニカズ・ブラッディー・ギグ』を初めから観てみることにした。いったいホラー映画というコンテンツの、何がそこまで人を引き付けるのか知りたくなったから。……そしたら、ストーリーが進むにつれて、こわくて残酷なだけの悪趣味な映画じゃないってことがわかってきた。


 主人公のモニカは、超能力を持つ少女。工作が趣味で、人形や生き物を作って念を送ると、たった数秒だけど、ぎこちなく動いたり、しゃべったりするのだ。引っ込み思案なモニカに、一軍グループらしき生徒たちは、ハロウィンパーティーの飾り付け係をひとりでやるよう命じる。


 ……モニカがいじめられる場面になると、めちゃくちゃ心がひりついた。ねんどのウサギやクッキー缶のロボットが励ましてくれるけど、時間が来ればただの作品に戻ってしまう。それに涙するモニカが切なくて、あたしも思わず泣きそうに。


 ある日モニカは、『ヤバい女』と学校中から白い目で見られているシーナ率いるグループが、一軍グループにからかわれて激昂するところを目撃。シーナたちが手を出せば、一方的に悪者にされてしまう。それはイヤだと思ったモニカは、美術の授業で作ったオオカミのマスクを利用して、一軍グループを驚かせて撃退した。


 うん、わかるよ!特に仲良くなくたって、理不尽な目に合ってる人たちがいたら見過ごせないよね。そしてモニカの作品、いちいち親近感がわくんだけど。


『それ、あんたのお手製?クソやばいセンスだね』

『……ほめてもらって光栄。さよなら』

『待って。あたしたちのTシャツを、イカした感じにしてちょうだいよ』


 モニカがシーナたちのTシャツに絵を描いてあげる代わりに、シーナたちはハロウィンパーティーの会場に飾るオブジェ作りを手伝うと約束してくれた。素行は最悪だけど根が優しいシーナたちを、モニカは好きになる。


あたしも、いい子たちだと思う。でも、むかつく先生の車をぶっ壊したり、危険ドラッグを吸ったりするのはぜったいダメだよ!


『シーナたちにも知ってほしいの。破壊より創造のほうが何百倍も楽しいってことを』


 わ、わかる〜!

 すっかりモニカに共感してた。名前も一字違いだし、もはや他人とは思えない!


 作中でモニカが作ったことになっている、ウサギやロボットやオオカミのマスク、ハロウィンパーティーで飾るオブジェ。死体だけじゃなく、これらも映画のために制作されたものだ。さっきから画面に映ってるたくさんのジャック・オ・ランタンは本物のカボチャそっくりだけど、素材はなんだろう?どうやって作ったの……?

 逐一停止しては観察を繰り返しているうちに、いつの間にか日付けが変わっていた。


 

 亜蘭ちゃんめ。フローリングで寝落ちした人をそのまま転がしとくなんて、鬼だよ!ハンディドライヤーも隠されちゃったし。

 いよいよパーティーは明後日だ。今日は踏み台の接合が終わったら、骨格標本くんをお化けのドリンクスタッフに変身させるよ。


「きのうは大活躍だったね!えらいぞ〜」


 モニカのマネをしてグルーガンに話しかけながら、三階までらせん階段を駆け上がる。すると、部室の入り口にそっくり同じ人影が二つ。あいつらいつも、登校が早いな。


「リン、リク、おはよ!あたしきのう、『モニカズ・ブラッディー・ギグ』を観てみたんだけど」

「事件が発生しました」

「これより、現場検証に入ります」

「……こんどは鑑識?」


 茉里栖さんが出演した映画に触発されでもしたのかな。双子の背中を押して、室内に足を踏み入れた瞬間。


 あたしは絶句し、立ち尽くした。


 宇石くんが作ったお化けのパネルは、スプレーや絵の具で汚され、散々な状態。見回したところ、無傷のものはひとつもない。


 あらかじめ床に敷いておいたブルーシートには赤い液体が飛び散り、血の海のようだ。

 きのう仮組み立てしたはずの踏み台が、バラバラになっている。


「犯人は、もえか先輩が組み上げた踏み台に登り、ペンキ缶の中身をぶちまけた」

「リン。これが、なぜか骨格標本さんの頭の上にありました」


 双子が何か話しているけど、ぜんぜん聞き取れない。カメラがゆっくりと倒れるように、視界に映る景色が傾いていく。


 旧技術室は、まさに地獄絵図としか例えようがないありさまだった。

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