負けるもんか!

 放課後も、茉里栖さんはあたしの背中に隠れるようにして、イベント部の部室に来てくれた。双子に混ざってホラー映画を眺める横顔は、真剣そのものだ。


 その傍ら、あたしと宇石くんによる飾り作りが本格始動した。


 宇石くんはスタンドパネルの担当。まず段ボールに、白い下地材を塗り重ねていく。しばらく地道な作業になるけどがんばって!


「一層目を塗り終わったら、このドライヤーでよく乾燥させてから、二層目を塗る」


 ハンディドライヤーを見ながら、制作工程を確認している宇石くん。


「志戸。ドライヤーの持ち手部分に『工作に使うべからず』と書かれたテープが貼ってあるが?」

「構わぬ、存分に使われよ。責任は取る」

「何時代の誰が取り憑いたんだ⁉︎」


 気にしないで。今晩行われるであろう誅伐を思うと、恐怖でキャラ変しちゃっただけだから。

 よし、あたしはステージ担当!

 メジャーとスケッチブック、鉛筆をたずさえて、会場となる四階の視聴覚室へ。

 視聴覚室は、申請すれば誰でも借りることができる。土日には地域の人たちが集まって手芸や短歌・俳句、コーラスなどのサークル活動も行われているみたい。


 高さがそろった机を六台、4×2に並べて、上履きを脱いで登ってみた。わ、思ったより高さがある。じいちゃんがブラックスミスのステージに立たせてくれたときと同じ感覚。


 踏み台がないと、スムーズに昇降できないね。……だったら!

 メジャーで測ってきたステージの高さを参考にして、まず展開図を作成。どんなサイズのパーツがいくつ必要なのか考えて、スケッチブックに書き出すんだ。


「ふー、けっこう頭使うんだよね……」


 展開図をもとに、さしがねを使って木材に墨つけをする。床に新聞紙を敷いてから、横に倒した角イス二台の上に木材を渡し、ノコギリを構える。しっかり垂直に刃を教えて、小刻みに押し引く。

 んん~、刃が沈みこんでいく感覚が気持ちいい!

 集中力が高まるにつれ、取り巻く音がだんだん遠のいていった。



「……ノコギリのもえか」

「……カナヅチのもえか」

「だーもう、うるさくしたのは謝るから、変な二つ名をつけるなっ。てかリク、それじゃただの泳げない人でしょうが」


 完全下校時刻になり、五人そろって部室を後にした。一人で部室で過ごし、一人で帰っていた去年までが、もはや懐かしい。


「おまえも、断りなく人の足のサイズを測るんじゃない。気づいたら足元に何かいるから、びっくりしたじゃないか」

「あはは、ごめんごめん。踏み板のサイズを決める参考にしたいと思って」

「みれい先輩。急に現れたり、大きな音を出したりして驚かせる手法は?」

「ジャンプスケアですわ……!」

「すばらしい!」


 茉里栖さん、双子からホラーに関する知識を吸収しまくってます。た、楽しそうだね。

 本日の作業に一段落付けるように、あたしは大きくのびをした。んー、なんだか今夜は、心地いい疲労感のなかで眠れそうだ。


 翌朝、スマホに宇石くんから『病院に行ってから登校する』と連絡が入っていた。おじぎするパンダさんのスタンプ、癒されます。

 そういえば最近まで、ケガで入院してたんだっけ。双子を抱えて持ち上げられるくらいだから、骨折とかじゃなさそうだけど。


「……志戸さん、技術係でしたわよね。準備があるなら、わたくしが片付けます」

「ありがとう、助かる!」


 体育が終わったあと、一つだけ置き去りになってたボールを茉里栖さんに渡して体育館を出たとき、


「ねー、志戸もえかさん。ちょっと来て?」

 渡り廊下で兵働さんと、取り巻き四人に行く手をはばまれた。

 な、なんだろう。パーティーのこと?

 言われるがままついて行くと、人気のない廊下の端にたどり着いた。


「おとといだけど。どこで誰と何してたー?」


 あたしを壁際に追い詰め、兵働さんが上目遣いに尋問してきた。

 心臓にキリを突き立てられたような気分になった。まさか泰原先輩といっしょにいたところ、誰かに見られてたの⁉︎


「うーわ。これは、やってる顔だわ」


 いきなり眼前に、スマホを近づけられた。画面には、ショート動画が流れている。知らない美少女……雰囲気は異なるけど、目鼻立ちが茉里栖さんに似てる……が、芝生に寝転がってウィンクする映像。


『芝生広場で蚤の市やってたよ』

『お店番してた猫ちゃん♡かわちい♡』

『キッチンカーでレモネード買ったよ!スッキリさわやか(笑顔の顔文字)』

『ポスター屋さん!一枚購入w』


 女の子がスマホで撮ったらしい写真が、ふわふわしたフォントによるコメント付きで目まぐるしく紹介されていく。そして、


『みんな楽しそう!すてきな一日でした』


 動画の締めくくりとして映ったのは……アコースティックギターを弾く泰原先輩と、その横に座るあたしの映像。ただし顔だけスタンプで隠されて、猫人間になってるけど。


「スクショ撮って拡大したんだけどさ。このクツじゃんね」


 兵働さんが言い終わったのを合図に、取り巻き女子の杉野さんが何かを二つ、床に放り投げた。あたしがいつも履いてるクツ。亜蘭ちゃんにもらった、ラバーソール。


「で。泰原先輩の隣にいるの、誰?」

「ごめん、あたしだけど、それには……」


 とにかく理由を説明しようと口を開いたけど、兵働さんの大声がそれをかき消した。


「はい、正直でよろしい。ねー梨花ちゃん、エリナに報告してきて。ミアがアップしてた動画で先輩といっしょに映ってたヤツ、やっぱゴミ屋敷ちゃんだったって」


 兵働さんの指示で、さっきラバーソールを投げた杉野さんが「う、うん」と駆け出す。

 去年、茉里栖さんも『みれいちゃん』と呼ばれて、ああやってこき使われていた。


 見ていて、とても心が痛かった。

 ほんとに、ほんとに、イヤだったんだ。


「うちら無意識に、期待を持たせるような言い方しちゃってたかもね。ってことで、志戸もえかさん、ごめんなさい。裏方のゴミ屋敷ちゃんに、パーティーの参加資格はありませんので〜!」


 取り巻き三人が、一斉に笑い出す。


「身長くらいしか釣り合わないのに、自己肯定感すご。よく誘ってもらえると思ったね」


 ……あたしがパーティーに誘ってもらいたくて、泰原先輩にすり寄ったって?

 カン違いもはなはだしい。


「先輩、『ギターの練習中に困ったことが起きてあわてていたら、僕と気付かずに助けてくれた』って言ったんでしょ?」

「さすが王子様。こんなストーカー女のこともかばうなんて、優しすぎ〜」


 先輩は、本当のことを言っているのに。

 ……でもそう訴えたところで、「泰原先輩の優しさに付け込むな!」ってののしられるに決まってる。


 黙り込むことしかできない自分を殴りたくなって、握りしめたこぶしを壁に叩きつけた。すると後ろは壁でなく防火扉だったみたいで、ダーン!と思いのほかうるさい音が響いた。その瞬間、自分の中に、気合いみたいなものが注入された気がした。

 兵働さんたちも、驚き固まっている。


「妄想ばっかり膨らませて、くだらないこと言わないで……!」

「は、はぁ?」

「もしあたしにしつこくされたら、先輩は蜂谷さんに相談するでしょ。同じ学年で同じクラスなんだから、様子を見ておいてほしいって。人として、信頼してるんだったら!」


 皮肉を込めて、言葉をぶつける。


「それにあたし、パーティーに参加する気なんてさらさらないよ。こっちはあなたたちに任された仕事を、イベント部として精いっぱいやらせてもらうだけだからっ」

「……ウザいんだよ、死ね!」

「死んでほしいなら、自分でやりなよっ。今ここで殺してみろっ!」


 負けじと叫び返してやった。


「ま、まのん、誰かが階段のぼってくる」

「宇石だったらまずいよ、もう行こ……」


 顔を真っ赤に染めた兵働さんを、対照的に青ざめた取り巻きたちがなだめながら引っ張っていく。彼女が怒るところ、初めて見たかも。いつもたいてい人をバカにするようなニヤニヤとした顔か、圧をかけるときの機嫌悪そうな顔の二択だから。


 猛獣を追い払った後のように疲れが押し寄せ、壁に背をあずけて放心していると。


「志戸さん……?」


 眼鏡が似合うほっそりした女子が、階段のほうから現れた。学級委員の村井さん。転がるクツを見てサッと顔色を変え、駆け寄って拾ってくれた。


「どうしたの?何かされたの?」

「平気。ありがとう、委員長」

「みれいが探してたよ。……あっ」


 あわてて口を押さえ、緊迫した面持ちで辺りを見回す村井さん。


「だいじょうぶだよ、あたししかいない。村井さんと茉里栖さん、仲良しだったんだね」


 村井さんは小さくうなずいた。


「……小三までは。私もみれいも、小学校の中庭に咲いてるエンジェルストランペットっていうお花が大好きで。そばにあるベンチで、図書館で借りた本をいっしょに読んだり、おしゃべりしたり」


 二人とも物静かなタイプだし、気が合いそうだ。きっと顔色をうかがったり、必要以上に気を遣ったりしなくていい、本当の友達だったんだね。


「四年生のとき、私が父の仕事の都合で転校して、六年生の春休みに戻ってきたの。入学式で再会したとき、クラスはバラバラになってしまったけど、また同じ学校に通えてうれしい、って二人で喜んだのに」


 眼鏡の奥の目をかげらせる村井さん。


「……志戸さん。みれいを助けてくれてありがとう。みれいも志戸さんと同じくらい優しい子だから、きっといい友達になれるよ」


 悲しげにほほえまれて、返答に困った。

 ……じゃあ、村井さんは?


 茉里栖さんとろくに口もきけないまま、関係を断つの?

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