完璧な王子様

 あー、学校に行かなくていいって幸せ。

 ゆっくり寝ていられるはずが、朝早くから亜蘭ちゃんの大声で起こされてしまった。


「機材車が炎上したぁ!?楽器とアンプは運び出せたけど衣装が全滅って、んなことよりアンタたち、ケガないの!?」


 聞こえてくる内容から察するに、どこかのバンドのみなさんが事故に遭ったみたい。おとといアカネさんに降りかかった災難といい、働いてるといろんなトラブルが起きるんだな……。


「アタシは事務所に行くから、ちゃんと食器洗っときなさい!」

「はーい。いってらっしゃーい……」


 あくびしてから、二段ベッドのはしごをのろのろ降りる。ごはんをよそって、亜蘭ちゃんが電気調理鍋で仕込んだ鶏肉と野菜のトマト煮とといっしょにいただく。

 今日は、駅前にあるホームセンターまで買い物に行くんだ。

 

「……で、服をどうするかだね」


 あたしの私服は、ほとんどが亜蘭ちゃんと兼用。片や成人男性にしては小柄、片や中学生女子にしてはデカめ(なお、後者はファッションに興味なし)だから可能な節約技といえる。アカネさんも何着か貸してくれたけど、いざ着用したら『罰ゲームで女装させられてる人』感が出た。女子なのに。


『気にすんなし。骨格ナチュラル、死ぬ気で鍛えりゃモデル体型だから』

『顔から何まで、ぜんぶ父親似だわ……』

『しどもえ、かわいい!』


 以上、アカネ・亜蘭・帆南先生によるレビュー。帆南ちゃんっっ(うれし泣き)。

 気を取り直して、服を選び始めた……のはいいんだけど。


「どれもこれも、攻撃力が高すぎる!」


 安全ピンだらけのカーディガンに、口の端を引きつらせるあたし。こういうパンク系ファッションは、じいちゃんが若かった七十年代後半から八十年代にかけて活躍したパンクバンドや、そのファンたちが好んだファッションに由来するんだ。


 ブラックスミスに降りる階段の壁に、当時の国内外のパンクバンドのライブポスターや、メンバーやファンたちを撮った写真が展示してある。いやもう、すっっごいよ?特に海外のみなさん、レベルが違う!


 でっかい斧が刺さったみたいなモヒカンや、珍しいウニみたいなスパイキーヘア。

 銀のスタッズをびっしり打ち、強烈なデザインのペイントを施してカスタムしたレザージャケット。これ毎朝セットしてるの?だとしたら何時起き?


 そういうパンクな人たちをまとめて、パンクスっていう。かつてのブラックスミスは、パンクスの溜まり場だったらしい。……だいぶイヤ。だって普通にこわいもん。

 

 けっきょく、赤黒ボーダーのロングTシャツと黒いスキニージーンズに着替えた。土曜と同じコーデになったけど、まあいっか。


「領収書って、レシートとどう違うんだろう?」


 ホームセンターで、双子が指定した石粉ねんどを購入。ずっしり重くて、目玉が飛び出るような値段だった。


 このままアパートに帰ってうだうだ考えても、いいアイディアは浮かばない。なのでちょっと散歩。芝生の緑色がまぶしい公園付近にさしかかると、何かイベントがあるのか、大勢の人たちが集まっている光景が見えた。


「あ、看板があった。フリーマーケット」


 気になったから、いろいろとお店を回ってみる。古着と雑貨が大半で、本やおもちゃ、電化製品や大きな家具など、いろんなものがレジャーシートに並んでいる。CDやレコードがたくさん置いてあるお店で、かっこいいピックをゲット!帰ったらさっそく、これを使ってベースを弾いてみよう。


 こっちの人は絵を売ってる。と思いきや、映画ポスターだ!しかも見事にぜんぶ、ホラー系のやつっぽい……。双子が部室で観ていた映画のもあるけど、もう持ってるよね。


「きみっ。『モニカズ・ブラッディー・ギグ』が好きなの?」


 つぶらな瞳を輝かせながら、出店者のおじさんが話しかけてきた。どこもかしこもぷくぷくした、ぬいぐるみのクマさんを思わせる感じの人だ。着ている黒いTシャツには、ギターを弾きながら舌なめずりをする女の子のプリント。ひび割れがヴィンテージ感をかもしだしている。


「す、すみません。通して観たことはないんです。部活の後輩たちから、おすすめの場面を教えてもらって……」


「ええ〜っ。なんてセンスのいい後輩たちなんだ!映画部とかだったりする?ちなみにそれ、どこの場面?きみは気に入った?」


 この期待に満ちた、無邪気なまなざしを前に、誰が「気に入るどころか、めちゃくちゃ痛そうで、イスから転げ落ちて頭を打つところでした」なんて言えるだろうか。


「お、女の人がシーツお化けに襲われるシーンです。無残なありさまになった死体の、と、特殊造形……?がすごいと思いました」


 答えた瞬間、おじさんの目がいっそう強く光をおびた。そしてシャキシャキと手際よく、『モニカ』のポスターのほかに五枚ほど見つくろって、大きな紙袋に入れ始めた。


「……ぼくから、きみの後輩たちにプレゼントだ。一枚分の値段でいい」

「ええ!いやいや、悪いです!」

「いいっ。そんなに希少価値があるものじゃないから。そうだ、こうすれば、これも半額以下にできる」


 おじさんは『モニカ』のポスターを裏返すと、太いマジックで大胆に落書きをした。


「わああ、何やってるんですか!」


 差額も払おうとしたけど、ぷくぷくの手で押し返された。

 いいなあ、青春だなあ〜と身をよじるおじさんに「ありがとうございますっ!」とさしがねのモノマネを披露してから、その場を後にした。……青春って、スポーツとかバンドとか、そういうのを言うんじゃないのかな?


 お店が出ていない場所では、みんな芝生の上で自由に過ごしている。大道芸やアコーディオンの練習をしている人もいて、ちょっとしたサーカスみたいだ。

 どこからか、ギターの音も聞こえてくる。

 探すと、バケットハットをかぶって黒縁メガネをかけた若いお兄さんが、アコースティックギターを弾いていた。

 初心者なのか、ちょっとたどたどしい。頭の中で、ベースの音を合わせてみる。

 とつぜん音が止まった。目を凝らすと、お兄さんが両手の指に小さいものをつまんで困った顔をしている。


「あっ。もしかして」


 反射的に立ち上がって、ポケットに手を突っ込みながらお兄さんに駆け寄った。コミュ障あるあるシリーズ『赤の他人には、わりと平気で声をかけられる』を発動っ。


「とつぜんすみませんっ。ピック割れちゃいましたか?よかったら、あたしの使ってください」


 お兄さんは驚いたように顔を上げると、


「……志戸さん」


 不意に、あたしの名前を呼んだ。

 まるで状況がつかめずオタオタしていると、お兄さんは割れたピックをポケットにしまってぼうしを脱ぎ、ゆっくりと眼鏡を外した。

 正体が判明し、あたしは芝生に尻もちをつきそうになりながら口を開いた。


「や、泰原先輩……⁉︎」


 あたしが渡したピックを使って曲を練習しながら、先輩が話しかけてくる。


「去年、ESSの活動で歌詞を英訳したんだ。思い出のある曲だから、パーティーのときみんなで歌えたらいいなって」


 どことなく和を感じるバラード。人気アニメの初代エンディングテーマだ。コード進行もそれほど難しくないから、器用そうな先輩であればすぐ上手に弾きこなせるだろう。


「志戸さんの私服、かっこいいね」

「いえ、ぜんぜん!せ、先輩も詩人みたいな雰囲気でかっこよかったです……?」


 泣きたくなるほどセンスのない例えにも、先輩はイヤな顔一つしない。


「あはは。気を使わせちゃってごめん。同じ学校の人に見つからないように、ちょっとした変装っていうか」


 先輩みたいな人気者でも、街中で知り合いと遭遇したら身を隠すの⁉意外っ。

 ぽかんとするあたしを見て何かを察したのか、苦笑する先輩。そして、


「……まだ練習中で、上手くないからさ」


 とつぶやいた。それを聞いたとき、正確に言えないけれど、ちょっと危ういものを感じたんだ。なんだか、本能的に。


「あの、先輩っ」

「何?志戸さん」

「先輩は……幽霊が平気なんですよね。じゃ、じゃあ、何がこわいですか?」


 あまりにも脈絡がなさすぎる質問だったから、さすがに先輩も手を止めた。でも、とっさに口をついて出ちゃったんだよ!


「あ、えと、部活の後輩たちがホラー映画を撮影したがってるんです。十一月の文化祭で上映予定なので、そろそろ題材だけでも決めなきゃいけないので、みんなが『こわい』と感じるものについて調査してましてっ」

「不安」

「……不安、ですか」

「強いて言えばね。みんなの期待を裏切るようなことをしてしまったらどうしよう、って考え始めて、どんどんこわくなって眠れなくなるときが、たまにあるから」


 一言一言、しぼり出すような話し方。

 先輩はずっと、みんなが望むような自分であろうとしてきたんだ。勉強も運動も、陰でたくさん努力をして。それこそ自分という作品を、完璧に造形するように。


「ごめん。求めてた答えじゃなくて」

「そんなこと!あたしこそ、むりやり言わせてしまったみたいでごめんなさい」


 あたしは先輩のギターに視線を向ける。沈黙がおとずれた気まずさから、またもやぺらぺらとまくし立ててしまう。

 今夜はきっと、脳内ブラックスミスで反省ライブが開催されるだろう。


「で、でもこのギターだって、木や金属だったものが工場の人や職人さんの手によって作らられて、今先輩のもとにあって。つまり何が言いたいかというと……どんなものにも少なくともひとりは、作られていく過程を知っている人がいるんですっ」


 だからあたし一人に未熟な状態を知られたところで、恥ずかしく思わなくていい!

 黙って話を聞いてくれていた先輩が、おもむろに口を開いた。


「……何もかも完璧じゃなくていいとか、もっと肩の力を抜いてとか、みんな僕にそう言うけどさ。ぜったい口だけだと思わない?」


 や、泰原先輩が毒を吐いた⁉︎

 見たこともないような、チェシャ猫みたいな笑い方。


 いきなり手を重ねられたかと思うと、ピックを乗せられた。あまりの驚きに固まっていると、ジャーン!と強い音が響いた。

 え、指で弾いてる。しかもなんかテンポが速いし、ストロークが乱暴すぎる!


「ねえ志戸さん。どう思う?」

「ど、どうせ完璧な王子様のままでいてほしいくせに、とは思います……!」

「あはは、だよね。fluttering snowflowers in the silent♪」


 う、歌い始めちゃった……。

 たぶん今のは、『静けさに舞いし六花』ってところだ。しっとり優美な情景が台無しで、作詞した人に申し訳ない。

 でも先輩が心から楽しんでいるのが伝わってきて、それでもってあまりにもめちゃくちゃすぎて、笑いが込み上げてくる。


 そのとき、ひらめいた。パーティーの飾り付け、こんなふうにしたらどうかな?

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