あたしの才能

 グルーガンが温まるまでおよそ五分。待つ間、あたしが持ってきていたサンドペーパーで板の接着面を軽くやすりがけしてもらう。

 そして現在、茉里栖さんは真剣な表情でグルーガンを握って、溶けきった樹脂を板の接着面に塗っているところだ。


「ああっ。のり?が糸を引いて…………」

「ストップ、そのまま。銃口を、くるくるって回してみて」

「切れましたわ…………」

「すごい上手っ。あ、使わないときは必ず銃口を下に向けて置いてね。樹脂が逆流しちゃうのを防ぐためなんだ」

「銃口、銃口と物騒だな。先端とかノズルとか、他に言いようがあるんじゃないか?」


 ぶふっ。日常的に「銃口」とか言ってそうな雰囲気の宇石くんが、絶妙のタイミングでツッコミを入れてきた……!それにしても、宇石くんがヤクザの若頭とかじゃなくてほんとによかったです。


 二人とも順調に箱を組み立てられているみたいだし、あたしはねんどでハムスターを作るよ。参考資料にと思って、図書室で借りた動物図鑑をコンビニで印刷しておいたんだ。


 って、ぎええええ〜!!ヤバい、まちがえたっ。


 クリアファイルからすべり落ちたのは、コピー用紙と同じA4サイズのフライヤー。つまり、ライブの告知・宣伝のために配布するチラシだった。亜蘭ちゃんから『今度やるライブイベントよ。またウェルカムボード頼むわね!』って渡されたやつ。

 愛らしいハムスターの写真とは似ても似つかない、いかついガイコツのイラストが激しく主張している。しかもモヒカン。骨にまで毛根があるわけ?それともウィッグ?とか言ってる場合か!


「またガイコツを作るのか?」

「ううん、ハムスター……」

「⁉︎」


 宇石くんが、大宇宙に放り出されたような顔になってしまった。


 と、とにかく着手しなきゃ。紙ねんどの袋を開けて中身をよくこねる。軽いわりにコシが強くて、手ごたえが心地いい。耳や手足など細かいパーツに使用する分を、あらかじめ取り分けておく。


 ……さて。ここから先が問題だ。

 宇石くんも茉里栖さんも、知らない。


 あたしがお手本なしで、イメージだけを頼りに、絵や工作で『生命体』を表現したら、どんな惨事になるのかを……。


 こね続けながら、脳内にハムスターを出現させる。すべすべふわふわの毛。ビーズみたいにつぶらな目。おまけ程度に生えてるような、ちっちゃいしっぽ。そして、えさをカリカリかじるキュートな前歯。


「頼む、イメージどおりに仕上がれえええ!」


 気合いを入れてねんどを転がし、ひねり、つまみながら大まかな形を作ってから、ヒゲなどの細かいパーツに取り掛かる。つまようじやヘラを使えば、よりリアルに作り込むことができる。そう、リアルに……!


「す、すさまじい気迫だ」

「取り憑かれたようですわ…………」

 はるか遠くからふたりの声が聞こえた。

「できたっ!」

「志戸さん、いつも集中していてえらいわ。ところで、ひとつ質問なんだけど……これはいったい?」


 肩で息をしながら振り向くと、学校一優しいとされる美術の茂根もね先生が立っていた。

 きれいにメイクしたほっぺを、ぴくぴく引きつらせながら。

 ……やばい。この反応は非常にやばい!

 こわごわと手元に視線を向け、あたしは改めて、自分がこの世に生み出してしまったモノの全貌を視認した。

 そして消え入りそうな声で、


「ハムスターだと思われます……」

「ハムっ⁉︎ そ、そうだったの、ごめんなさいね。なんというか、こう……弱肉強食の自然界を生きる命のたくましさ?を、上手に表せていると思うわ!」

「作り直します……」

「あっ、ええ、それがいいわ。箱の中に飾るには、ちょっと大きすぎるから。サ、サイズの問題よ?見た人のトラウマになりそうだからとか、そんな理由で作り直しをおすすめしてるわけじゃないのよ?」


 ぎこちない笑顔で念を押しまくったあと、先生はそそくさと去っていった。


『うえぇん!もえかちゃんがかいたおひめさま、こわーい!』

『こえー……。なんでおまえウサギじゃなくて、モンスター作ってんだよ?』

『おじいさんの顔をこんなふうに描くなんて。この志戸もえかさんって子、ちょっと心配だわ。虐待とか』


 パシャパシャ、パシャ。


「すばらしいっ。もはや特殊造形の域です!」

「この、今にも獲物のはらわたを食いちぎりそうな前歯。狂気に満ちた目。闘争心に逆立つ毛並み!」


 カシャカシャ、カシャ。

 放課後。部室では、あたしが美術の時間に爆誕させた、ハムスターという名のモンスターを囲んでの撮影イベントが開催されていた。もちろん無許可でだ。


「やめろ~っ!撮るな~っ!」


 タブレットを取り上げようとする手が、連続で空を切る。さすがは妖怪ホラー双子、すばしっこさも怪異レベルだ。あたしが極端にトロいことはさておき。


「ドタバタとうるさいぞ。下の階で活動している部に迷惑だ」


 宇石くんが入ってきたと思ったら、

 ひょい、ひょいっ。

 あっという間に双子をつかまえ、両脇にかかえてしまった。さすがっ。このスピードと腕力があれば、ちょこまか動き回る園児さんたちを捕獲するのもよゆうだね。


「宇石くん、ありがとう!こいつら、あたしの失敗作をバカにして、勝手にネットにアップしようとするんだよ」


 つかまったまま、リンとリクが反論してくる。


「部内の共有フォルダに入れるんです!」

「バカにするなんて、とんでもない!」

「うそばっかり。特殊だなんだって、悪口言ってたくせに」

「「特殊造形です!」」

「とくしゅぞうけい……。聞いたことがあるな。たしかテレビ番組で」


 双子をそっと降ろして腕を組み、記憶をさぐり始める宇石くん。


「「三月に放送された『第九回・舞台裏のプロフェッショナル~子ども番組ができるまで~』では?」」


 そんな長ゼリフ、よくハモれるね。


「子ども番組『はしゃいじゃお!』内で流れる『なんきょくロックスター』という歌のクリップ映像が完成するまでのプロセスを追う回です」

「映像内で使用されている美術セットの制作者として、特殊造形アーティストである尾形トオルさんが、ほんの少しだけご出演されていましたので」

「そうか、録画で観たドキュメンタリーか」


 ……なんかこの三人、今朝が初対面とは思えないほど息ぴったりじゃない?


「思い出したぞ。ロックバンドのメンバーに扮して歌い踊るおにいさんおねえさんのそばにいる、リアルなペンギンたちを作った人だ」


 リンがタブレットを操作して、「こちらですね」と提示する。

 のぞき込んでみると、たしかに本物にしか見えないペンギンが並んでる。

 みんなおそろいのTシャツ姿で、通せんぼするようにヒレを広げているとことから、会場の警備スタッフをイメージしてるんだとわかる。ぎゃー、かわいすぎる!


「当然ですが、動物園から本物のペンギンを何羽も連れてきて、Tシャツを着せておとなしくさせておくことなど不可能」

「そこで活躍するのが、こういった特殊造形です。特殊造形アーティストは、あらゆる素材と高い造形技術で、非現実と現実を融合させる人たちです」


 へえ。そんな仕事があるんだ……。

 リクによる解説に合わせて、リンが画像をスワイプしていく。

 宇宙人や、古代に生きた猿人、異形のモンスターやクリーチャー。ライオンやパンダなどの動物が、檻に入れられることもなく、人間みたいに二本足で立っている。ありえない存在やシチュエーションなのに、現実世界にしっくりなじんでいる。


「あ、ディビー!」

「『マジックスクール』シリーズの映画に出てくる妖精だな。これも人形だったのか」

「映画本編では、フルCGでした」

「こちらは、撮影現場のみで使用されました。子役さんたちが演技しやすいように制作されたものです」


 なるほど。何もいない空間に向かって話すよりも、自然な演技ができそうだ。


「そんな特殊造形の力が、最大限に活かされるコンテンツといえば!」


 リンが勢いよく指をスライドさせて現れたのは。先週見てしまった、あのホラー映画の一場面。シーツお化けに襲われてまっぷたつになった女子生徒の死体だ!


「ぎええええ〜!」

「これに関しては、リアルかどうか……」

「ちょ、宇石くん、無理に見なくていいから!」

「もえか先輩。これは造形物」

「さっきのペンギン同様、つくりものなのですよ」


 手で顔をおおっているから、言ったのがリィルだかフィルだか判然としないけどさ!


「わかってるよそんなことっ。てか、いっしょにしないであげて⁉」

「同じです。警備員のアルバイトをするペンギンを見た人がいますか?」

「いるわけないでしょ!」

「ゴーストにかじられた死体を見た人は?」

「いたら世界中が大パニックだよ。あっ」


 答えてから気づいた。ペンギン警備員さんの造形物と、お化けに殺された死体のニセモノ。同じじゃないけど、共通点がある。


「……リアルだけど、現実には存在しない?」

「「大正解です!」」


 声をそろえると、双子はあたしが作ったハムスターを見つめた。


「たしかに彼女は、『現実で愛されるキャラクター』として魅力的ではありません」

「しかし、われわれには見えます。映画や特撮ドラマなどの『フィクションの現実世界』において、彼女がいきいきと動き回り、人々や街を襲う姿が」


 つまり、これはやっぱりハムスターじゃなくてモンスターってことか。

 これまで、イヤというほど言われてきた。

 あたしが作ったり描いたりした動物や人間は、モンスター、化け物、妖怪って。保育園のねんどやお絵描きの時間、学校の図工や美術の時間にも。

 そんなあたしの作品を、不本意な形ではあるけど、双子は認めてくれている。


「……おれは、見たものをそっくりに作れるところが、すごいと思うぞ」


 骨格標本くんをモデルに、カッターでスチロール玉を削って作ったガイコツ。宇石くんの大きな手に乗って、こちらを見ている。


「本物同様に仕上げられることは、特殊造形を制作する上で重要となるスキルです」

「しかし、いちばん大切なのは。何時間、何日でも創作に向き合える集中力と根気。そして、こだわりの強さです!」


 四つの目が、射抜くように見つめてくる。なんか、いつもの双子と違う。自ら人の上に立ち、引っ張っていこうとする者が持つ、カリスマ性みたいなものを感じる。


「もえか先輩。あなたには、特殊造形アーティストとしての資質があります」

「あなたの力なくして、映画製作はできません」


 平々凡々な中学生であるにもかかわらず、ある日いきなり魔法少女にスカウトされたときと同じ気持ちだ。急にそんなこと言われても、喜びより困惑のほうが断然勝つけど。


 ここにはあたしの作品を否定したり、バカにしたりする人はいない。


 そのことが、とてもうれしかったんだ。

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