首をはねられた女の子
どうしたって気分がしずむ、月曜の朝。祝日は明日だから、惜しくも連休ならずだ。
ちょっと損した気分で部室に向かうと、意外な顔が待ち受けていた。
「グッモーニン。ミス・シド⭐︎」
「せ、先生。おはようございます……」
イベント部顧問である美ヶ丘先生は、あたしが作り直した小道具のザ・毒リンゴに鼻先を近づけて、
「ナイスな出来栄えじゃないか!さっそくもらっていくよ⭐︎そうだ、まったく重要なニュースじゃないだろうけど、明日から部員がひとり増えるからね⭐︎」
幽霊、やっぱり一体追加されるみたい。
ニスでも塗ったようにつやめく長髪をサッとはらって、リンゴを手に立ち上がる先生。
あたしのそばまですり寄ってくると、
「かなりの気難し屋さんだ。映画撮影を手伝ってもらうなら、トークに気をつけたまえ⭐︎」
という忠告を残して去っていった。
「……だーもうっ!ぼっちで話し相手がいないヤツなら誰かに告げ口することもないだろうからって、生徒に生徒の悪口言うな!」
衝動的に、工作台にあったカッターナイフをつかみ取るあたし。ギチチッと刃を出して、そばに転がっていたスチロール玉をザクザクサクサク削っていく。完成したものを工作台に置いて、額の汗をぬぐった。
「ふぅ、スッキリした。モデルになってくれてありがとね」
もはや部員であるかのごとく場になじんでる骨格標本に語りかけたとき。
「「お見事です!」」
「……すごい技術だ」
とつぜん拍手が響き、思わず飛び上がる。いつのまにか両サイドに計三つの人影が。
「双子と……宇石くん⁉︎」
驚きに次ぐ驚きにぽかんとするあたしに、宇石くんは一枚の紙を見せた。中央上部に明朝体で『入部届』って書いてある!
「新しい部員って、宇石くんだったの⁉︎」
「保護者欄が埋まっていないから、提出は明日になるが。今日は体験入部ということで、よろしく頼む」
たしかに保育園で、イベント部を助けてください!って土下座付きで頼み込んだすえ、『わかった、わかったから早く立て!詳しい話は月曜に聞く!』という返事はもらってたけど。まさかの大サプライズだっ。
「ううっ、涙が出るほどうれしいよ……。いろいろとカオスな部室で申し訳ないけど、どうぞよろしくね!」
「「よろしくお願いいたします、恭哉先輩」」
あたしがスチロール玉で頭蓋骨(モデル・骨格標本さん)を作っている間に、もう自己紹介を済ませちゃったみたい。
「ああ。映画に関してはまったくの素人で申し訳ないが、力を尽くすぞ」
「ちょーっと待って宇石くんっ!実はその前に、一仕事こなさなきゃいけなくって。映画の件はとりあえず双子に任せて、まずはそっちを手伝ってもらっていいかな!」
貴重な人材をかすめ取ろうとすんな、妖怪どもっ。
美術の授業が始まる前。あたしは宇石くんに、イベント部がパーティー会場の飾り付けを担当することになった経緯を話した。
「……蜂谷たちに、ガツンと言ってやる。準備や後片付けは人に押し付けて、楽しいことだけ自分たちで。そんなわがままが通るか!」
「わああ!ストップストップ!」
極道オーラを放出しながら腰を浮かせる宇石くんの前に、あわてて立ちはだかる。
美術室内が静まり返ったかと思うと、すぐに何事もなかったように騒がしさが戻った。宇石くんが、にらみをきかせたから。
「志戸さん、目つけられてんじゃん……」
「どんくさいし、何かやらかしちゃったとか?かわいそ」
あちこちでヒソヒソされてるけど、そんなことに構っていられない。
「たしかに、引き受けたのは蜂谷さんがこわいからだけど。泰原先輩が、日本で過ごす学校生活の最後に楽しい思い出を作れるんだったら、あたしは協力したいんだ。……先輩には、恩義があるから」
三週間前に行われた新入生歓迎会に関わる、一連のできごと。もうすぐチャイムが鳴るから、事細かに説明する時間はない。
「というのはね。先輩があたしが作ったものを、『すてき』って言ってくれて」
違う!これじゃあ、ただ褒められてうれしかったってふうにしか伝わらないっ。
歯がゆさに唇をかんだとき、
「………………こちら、よろしくて?」
ごく薄いガラスを思わせる、小さいけれど高く澄んだ声に、はっとして首を横に回すと。毛先が内巻き気味なツインテールを肩に垂らした女子が、心配になるくらい色白な顔をうつむかせながらたたずんでいた。
「ま、茉里栖さんっ……。あ、うん、もちろん。どうぞ」
美術室の工作台は、天板がつるつるしたメラミン製の四人用。先週は茉里栖さんとふたりで使ったけど、特に会話もなかった。
「遠慮せず、広く使ってくれ」
「…………失礼いたします」
宇石くんにうながされ、音もなくイスを引き、あたしの正面に腰を下ろす茉里栖さん。小さく整った顔はとってもきれいなんだけど、きらびやかな感じではなくて。例えるなら、高価な陶器のお人形って感じ。
二週間前まで、蜂谷さん率いる一軍グループの構成員だった彼女。でもとあるウソをついていたことが発覚して、グループをクビになっちゃったんだ。
「それでは、ボックスアート作りを始めてください。先週の授業で組み立てた正方形の木箱の中に、紙ねんどと絵の具、それから各自集めてきた材料を使って『どうぶつたちがいるところ』を表現しましょう」
先生の指示を受け、みんな家から持ってきた材料を工作台に広げだす。あたしは、技術の時間に出た端材。
帆南ちゃんをイメージしたハムスターが、ステージでドラムを叩いているところを表現するつもり。四角い端材で、アンプとかスピーカーも作るよ。
「エリナ、すごーい」
「きれい。本物みたい!」
「ありがとう。専門店から取り寄せたアーティシャルフラワーよ」
「うちら、おそろにするからさ!ね、広夢」
「うん。がんばって作ろうねぇ」
いつものように、取り巻き女子にちやほやされている蜂谷さんたち。とりあえず、茉里栖さんやわたしにイヤな絡み方をしてくることはなさそう。宇石くんもいっしょだし。
「宇石くんは、箱作りからだね。……木工用ボンドで板を貼り合わせるだけじゃなくて、ちゃんとクギ打って固定したいな〜……」
「こら、よだれをたらすな。今は技術じゃなくて、美術の時間だ」
だってクギ打つの好きなんだもん。気持ちいいし。
「…………あっ」
小さな声の直後、カラカラン、と、何か軽くて硬いものが落ちたような音がした。顔を向けると茉里栖さんが、工作台に散らばった五枚の板に視線を落としながら青ざめていた。
「ど、どうしたの?」
とっさに声をかけると、
「…………木箱が急に崩れましたの。低い位置から落としてしまっただけで…………」
「ちょっと見せてもらっていいかな?」
茉里栖さんがうなずいたので、板を一枚手に取って確認してみると、すぐピンときた。
「もしかして、瞬間接着剤を使った?」
板の接着面が、うっすら茶色く変色していた。木工用じゃない瞬間接着剤のなかには、とても粘度が低い製品がある。木材に塗ると染み込んでいってしまうから、しつこく重ね塗りしないと強度を保てないんだ。
「…………分かりませんわ。先週、箱を組み立てようとしたら、新品だったはずの木工用ボンドの中身がほとんどなくなっていて」
唇をふるわせ、話し続ける茉里栖さん。
「…………節約しながら使ったけれど、案の定ぜんぜん足りませんでしたわ。もうこんな場所にいても意味がないと思って席を立ったとき、とつぜん浮田広夢がやってきたのです。『ボクのと交換してあげる♡』とささやくと、わたくしの作りかけの箱を取り上げ、すでに完成しているように見える木箱を置いていって…………」
「その箱が、こうなったんだな?」
宇石くんが、バラバラになった板を指差す。
茉里栖さんは無言でうなずいた。
彼女が持ってきた木工用ボンドの中身を捨てたのは、たぶん兵働さん。
で、この底意地悪すぎる嫌がらせを考えたのは、ハンドメイドを趣味にしていそうな浮田くん自身だろう。
「最悪、靴下までずぶぬれなんだけど!」
「うわー、ごめん!」
とつぜん響いた怒鳴り声に、みんなの視線が教室の一点に集まる。友達とふざけながら筆洗い用のバケツを運んでいた人が水をぶちまけてしまったらしい。
……動くなら、今だ!
「……おれは先に、ねんどで小物を作るから」
宇石くんが、自らの木工用ボンドを茉里栖さんの前に置こうとする。あたしはそれをひょいと取り上げて、宇石くんに返した。
「だいじょうぶ、宇石くんは自分の箱を組み立てて。ちょっと待ってね、茉里栖さんっ」
「おい、志戸⁉︎」
混乱に乗じて美術室を抜け出し、らせん階段を一足飛びに三階へ。旧技術室に駆け込むと、コードレスグルーガンに透明なグルースティックを装填する。このグルーガンは、遠い場所にある基地で自衛官として働く父さんが譲ってくれたもの。
『ピストルって、命を奪ったり傷つけたりできる物だけど。形は似てるのに、それと真逆のことをするときに使う道具ってところが、なんかいいよね』
父さんのぽわぽわした笑顔を思い出しつつ、あたしは二人のところに帰還した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます