恐怖?のクラスメイト

 そんで、代入法?を使って解くと……。


「五分の十三?なんか違う気がするっ」


 ホームルームが始まる前の教室で、連立方程式と大バトル中。いつも部室で双子に教えてもらいながら宿題を片付けるのに、きのうはすっかり忘れちゃってた。

 こんなとき、これで合ってる?って誰かに気軽にたずねられたら助かるんだけど。残念ながらあたし、友達ゼロでして。


 クリーム色をした教室の壁はきれいで、窓から差し込む春の日差しがさわやか。

 タブレットでホラーな映像を流してるヤツらもいなければ、うるさい音楽も鳴ってない。


 だけどあたしにとっては、ここが最もハードかつバイオレンスな場所だ。


白野しろのミアが上げてた動画見た?ロッキンパークのアトラクション全制覇するやつ」

「うんっ。パークグッズのカチューシャ、すっごくかわいかったぁ。ぼくもほしーい♡」

「夏休みに、みんなで行きましょうよ。パパにスポンサーチケットを用意してもらうわ」


 教室の後方から、蜂谷さんグループと取り巻き女子たちの会話が聞こえてくる。


「ねーねー、あそこにいるのってミアじゃないー?」


 だしぬけに、兵働さんが演技がかった声を上げた。たたたっと足音がしたかと思えば、あたしの横を駆け抜けていく兵働さん。ひとりで本を読んでいる茉里栖みれいさんに近づくと、顔を無遠慮に覗き込んでから、


「ごめん違った。ニセモノじゃん、これ」


 人差し指で、茉里栖さんの頭をぐいと押す。とたん、蜂谷さんグループの取り巻きを中心に、きゃははっとバカにしたような笑い声が広がった。


「まのんちゃん。これ、なんて言っちゃダメだよぉ」


 微塵も心がこもってなさそうな浮田くんの注意に「そこかよ」と突っ込みながら、仲間のもとに走り戻る兵動さん。横を通るときぶつけられて、机からはみ出していたペンケースが床に落ちた。


「そうよ。それに、ウソをついて周りの気を引こうとするなんてみっともないじゃない?誰かさんじゃあるまいし」


 蜂谷さんが、悪意たっぷりに言う。


「ちがいますー、ふつうに間違えただけですー。てか、ミアじゃないならどちらさま?動かないし等身大パネルとか?」


 二人の応酬に、またイヤな笑いが起こる。茉里栖さんに視線を向けると、長いツインテールが垂れた肩が、小刻みにふるえている気がする。

 ああもう我慢ならない!こういうの、いつまで続けんだよっ。

 あたしはガターンッとイスを蹴飛ばして、


「ネチネチしつけー。制裁受けさせなきゃ気がすまねえってんなら、蜂谷、てめえが代表して茉里栖さんぶん殴って終わりにしろや」


 ……とでもタンカを切ってくれる人がいればいいのになあ、とため息をつきながら、イスから立ち上がってペンケースに手を伸ばす。


「ねー、志戸もえかさんさー」

「はい⁉︎」


 いきなり水を向けられ、心臓が木づちで叩かれたように跳ねた。兵働さんは、下に見てる人をフルネームで呼ぶ。


「あのパネル、部室に持ってっていーよ。いらないゴミだから……やばっ」


 蜂谷さんグループと取り巻きたちが、とつぜん顔色を変えて逃げ去った。背後に気配を感じ振り返ると、宇石ういしくんがこちらを見下ろしていた。


「通っていいか?」


 刃物みたいな眼光に、思わず首を縮めた。シャープペンで勢いよく引いたような細い眉が、右片方だけつり上がっているさまが、めちゃくちゃこわい!


 宇石恭哉きょうやくんは、クラスみんなが恐れるヤンキーっぽい男子だ。百八十センチ以上ありそうな長身と、背が高くてがっちりした筋肉質な体型。中学生離れした威圧感を放っている。二年生になって早々ケガで入院したとかで、今週から登校してきたんだ。


「あ、ごめん、ジャマだったよね……!」


 つまらなそうに歩く大きな身体をあわててよけて、ペンケースを拾おうとしたら。

 えっ、なんで机の上に移動してるの⁉


「……まさか、宇石くんが拾ってくれた?」


 うん。さっきの状況からして、それ以外に考えられない。だ、だったらお礼を言わなきゃだよね。でも勘違いだったら『誰がんなことするかよ、ナメてんじゃねーぞ!』ってぶん殴られるかもっ。


 鳴り響くチャイムをBGMに、ハラハラしながら着席した。

 

 三時間目の体育、終了。

 ひょえ〜、危うく突き指するとこだった。もうあたしにボール回してくれなくていいっ。身長でかいだけでトロいんだから。


 で、やっと四時間目。待ちに待った技術!

 あたしが唯一好きな教科なんだっ。今日は先週から引き続き、木材加工の実習をする。


 教科書とマイのこぎりを持って、体操着のまま技術室に向かう。ハーフパンツにつけた手形、ちゃんと洗い落とせてよかったよ。

 新しい技術室は清潔感にあふれ、工作台もぴかぴかだ。いちばん入り口から遠い、すみっこにある台を確保。『2-C』と張り紙されたコンテナボックスを準備室から運んできて、中から自分の材料をまとめて入れておいた袋を探し出し、必要な工具を取りにいく。


「板の切断はほとんど終わったから、今日は仮組み立てまでいけるかな?」


 わくわくしながら方向転換したとき、血の気が引く光景が目に入った。な、なんと宇石くんが、あたしと同じ工作台を使ってる!

 終わった……。今度こそマジでノーフューチャーだぁぁ!

 無情にもチャイムが鳴る。ガチガチに気を張りながら、宇石くんの正面に座った。本当は斜め前がよかったけど、あからさまに避けるような態度をとるのは失礼だと思ったから。


「その板やクギは、家から持ってきたのか?」


 は、話しかけられた!


「えっ、あっ……ううん!前の時間に配られたんだ。先生がくれると思うよ……!」


 ボソボソ何言ってっか分かんねーんだよ、とキレられること覚悟で、ぎゅっとこぶしを握って構えたら。


「そうだったのか。技術の授業は今日が初めてだから、何もわからなくてな」


 宇石くんはそう言いながら、教科書に挟み込んであった二つ折りの紙を開く。それを見て、思わず前のめりになった。


「わっ。図面、描いてきたの?」


 すごいよ!あたしがめちゃくちゃ手こずる構想図(製品のイメージ図)も定規を使ってきれいに仕上げてある。しかし残念ながら。


「ごめん。課題は、CDラックなんだ……」

「……いや、いいんだ。それに、志戸が謝ることじゃないだろう……」


 言葉とはうらはらに、影が落ちるほどガッカリしているご様子。宇石くんって、実はとってもまじめで、繊細な人なんじゃ?

 改めて図面を眺めると、どうやら絵本ラックを作りたかったみたい。

 ん?これ、ちょっと問題があるよ。


「……どうした。何かおかしいか」

「面取りなんだけど。絵本ラックなら、サンドペーパーを使って丸面にしたほうがいいと思う。小さい子が触ることを想定して、安全性を高くしておかなきゃ」


 面取りは、ケガなどを防ぐために、素材や工作物の尖っている部分をなだらかな面にする作業。図面から顔を上げると、なぜか宇石くんの切れ長の目がアーモンドくらいに見開かれていた。


「宇石くん?」

「す、すまん。いきなり顔つきが変わったんで、驚いてしまって」

「え……?ああ〜、気にしないで。あたし小さい頃から、何かを作ろうとしてるとき限定で、すっごくおっかない顔になっちゃうんだ。発作みたいなもので、別に怒ってないからだいじょうぶ!」

「そ、そうか。わかった」


 コクコクうなずく宇石くん。

 授業が始まってからは、一日分遅れを取っている宇石くんをサポートしながらの作業だったから、想定していた製作工程まで進むことはできなかった。なのに残念な気持ちになるどころか、なんだか先週より楽しくて。宇石くんは笑顔を見せないし、口調もぶっきらぼうだけど、なぜか話しやすい。


「あたし、木屑をそうじしとくねっ」

「頼む。工具と材料、片付けてくる」


 工作台に備え付けの小ぼうき&ちりとりで、床に散らばった木屑をさっさっと集める。しゃがんで移動しながら床を掃いていたら、背中をひかえめにたたかれた。


「志戸さん。少しいいかな」


 後ろを向くと、学級委員の村井むらいさんが、あたしと同じ体勢でほうきを動かしていた。


「委員長。どうしたの?」

「みれ……茉里栖さんを見かけなかった?」

「ううん。一時間目から、ずっと姿を見てないや。保健室にいるのかな」

「そっか。急にごめんね、ありがとう」


 立ち上がってハーフパンツをはらい、まじめにそうじする優等生グループの仲間と合流する委員長。茉里栖さんのこと、気にかけてくれている人がいたんだ。


「そこは、蜂谷たちが作業していた場所だ」


 いつのまにか宇石くんがそばにいた。


「でも、もう教室に帰っちゃったみたいで」


 あたしが言うと、少し巻き舌気味に、


「〜組傘下より、なっとらんな。おれは職員室に呼ばれてるから先に行くぞ」


 ゆっくり歩いて、技術室から出ていった。

 く、組とは?傘下とは……??


 お昼休み、旧技術室にて。


「はいはい、作り直せばいいんでしょ……」


 あたしがきのう完成させた毒リンゴ。リンとリクが朝、映画撮影の許可を取るついでに美ヶ丘先生に見せにいったら、


『んー、ビューティフルだけど。児童館のお楽しみ会で上演する劇だよ?相手はしょせんチルドレン。わかりやすいほうがいいのさ⭐︎』


 って、突き返されてしまったそう。

 てなわけで、当初構想していたザ・毒リンゴを制作中です。


「しょせんって言い方は、ないんじゃない」


 あたしがぼやくと、リンとリクが「おやっ」と顔を見合わせた。どしたの?


「美ヶ丘先生が、そうおっしゃったとき」

「ぐうぜん居合わせた二年の先輩が割って入っていらっしゃって、もえか先輩と同じ主張をなさったのです」

「そんな人がいたんだ。女子?男子?」

「男子ですよ」

「退部届を持っておられました」


 ふーん。幽霊(部員)、一体増加する予感。


「……ところでさ。あんたたち、泰原先輩が持ってる人脈をありがたがってたけど……。た、例えば『組』の人たちだったり、『傘下』の人たちだったりとつながるのは」


 すべて言い終わる前に、リンとリクはそれぞれ消臭スプレーと殺虫剤を手に取り、ノズルを向けてくる。


「映画部は、クリーンな組織です!」

「反社会的勢力との交流は、禁じます!」


 映画部じゃなくて、イベント部……ってか、やっぱそうだよねぇぇ……。

 クラスで浮いてる者どうし、宇石くんとはこれからもっと仲良くなれるかもって思った矢先、ヤクザの関係者説が浮上って。


 うわーん!そんなことある〜⁉︎

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