女王様からのオーダー
ツンと高い鼻が、目の前に迫る。
ひえー、すっごいきれい!さすがは竹光中きっての美女と名高いだけある。
セミロングの髪は、突風にまきあげられてもサラッと元にもどりそう。おまけにファッションドールみたいに均整がとれたスタイル。同じ人類だけど、あたしとは設計も材質もぜーんぶちがうって感じ。
セレブオーラを全身にまとう彼女こそ、うちのクラスに君臨する女王様・蜂谷エリナさんだ。
「えーっと、ど、どんなお話かなぁ?」
冷や汗ダラダラなあたし。思わずまぬけな強盗みたいにハンズアップしたとたん、蜂谷さんの右眉がぴくりと跳ね上がった。やば、なんか気に障った?
「志戸さんにお願いしたいことがあって。三年生の
とりあえず怒ってはいないみたいで一安心だけど、いきなり何の話だろう?
「う、うん。泣いてる子いっぱいいたし」
泰原先輩は、先月まで生徒会長を務めていた、文武両道で知られるイケメン男子。
ESS部の部長で、蜂谷さんが副部長なんだ。
ESSは【English Speaking Society】の略で、英会話クラブのこと。竹光中のなかでも、キラキラした感じの生徒たちが集まってることで有名なんだ。
話を聞くと、蜂谷さんたちは泰原先輩のお別れパーティーを開くことにしたそう。
「ゴールデンウィーク三日目の放課後に、ここの四階にある視聴覚室を押さえてあるんだけど。もしよければ、会場の飾り付けに使えるようなグッズを貸してもらえないかしら?」
あごの下で、白くてほっそい指を組み合わせる蜂谷さん。お願いという名の絶対命令を発動するときに、きまってするポーズだ。
まあでも、そんな頼みならお安いご用だ。
「ここにあるものでよければ」
「貸し出し可能ですよ」
リンとリクが、それぞれ右腕と左腕を伸ばし、部屋の中を指し示す。さすが妖怪、上級生グループを前にしても威風堂々!
「わぁぁぁ〜♡もしかしなくても双子ちゃん?リボンが青だから一年生だよね?名前なんていうの〜?」
浮田くんが両腕を広げながら、あたしのわきをすり抜けて勝手に部室に入っていく。あっ、ここ物だらけだから、つまずいて転ばないように気をつけてね?
しかし、うーん……改めて外から室内を眺めてみると、すごい散らかりよう。
全部で六つある工作台には、つぶれた段ボールやら古新聞やら、用途がわかんないパーティーグッズやらが山積みになっている。
長さがまちまちな板材や、『焼きそば』だの『縁日』だの書いてある合板が無数に壁に立て掛けてあるし。ほかにも中身が残ったペンキやスプレー、頭が欠けたデッサン用の石膏像、骨格標本(!)なんかもあって、超カオス状態。掘ってみたら、もっととんでもないモノが出てくるかもね。
「やば。ゴミ屋敷?」
蜂谷さんへの耳打ちに見せかけつつ、兵働さんが聞こえよがしに言ってくる。
兵働まのんさんは小柄な女子。前髪で眉が隠れたボブカットも相まって小学生くらいに見える。でも声と態度がでっかくて、人によって百八十度変わるからめちゃこわいんだ。
そーです、ゴミです……。
これらのゴミたちは、毎年文化祭が終わったあと、ゴミ出しををめんどくさがる生徒たちによって運び込まれてくる。旧技術室を都合のいいゴミ集積所として広めたのは、歴代の幽霊(部員)たちだ。骨格標本に関しては、じゃまだし授業で使わないからって理科の先生が置いてったんだけど。
「もえかちゃ〜ん!ちょっと来てぇ」
浮田くんが手招きをしてきた。な、なに?
あたしが行くと、浮田くんはさっき塗り直したリンゴを指差して、
「リィルちゃんとフィルくんから聞いたよぉ。このリンゴ、もえかちゃんが百円ショップに売ってたやつを加工したんだって?すごぉい、テーマパークにあるプロップスみたい!メルヘンカワイイ〜♡」
と、ぴょんぴょん飛び跳ねながらほめてくれた。いつもながら、あざとすぎる言動が女子よりサマになってるなあ……。
浮田広夢くんは、兵動さんと変わらないくらい小柄な男子。若干ぽっちゃりめな体型と、茶色がかったくるくる巻き毛が、西洋画に描かれるキューピッドみたいだ。
「そそそんな、大したことないよ。これは演劇部の顧問の先生に頼まれて……」
あわてて謙遜したとき、
「今。演劇部に頼まれたって聞こえなかったかしら?」
「うん、なんかボソボソ言ってた!」
蜂谷さんと兵動さんが、こちらに聞かせるようなボリュームで会話を始めた。「ねえ、志戸さん」とあたしを呼び戻す蜂谷さん。真っ赤なくちびるの両端が、意味ありげに上がっている。
「イベント部って、ほかの部活のサポートもしているの?よかった、そういうことなら気兼ねなくお任せできるわ」
「……あー……ってことは、つまり」
なんだ。会場の準備が面倒だから、あたしたちに丸投げしようって魂胆だったわけか。
「演劇部は手伝えて、うちらESS部はダメとかないよね?」
兵動さんがすかさず圧をかけてくる。
「パーティーのコンセプトだけど、プロムなんてどうかしら。海外の高校で行われる卒業記念パーティーよ。花束贈呈をするから、ステージもうんとすてきに飾ってね。ああ、フードやドリンクはわたしたちで準備するから心配しないで」
などと、あれこれ注文をまくしたてる蜂谷さん。口を挟む隙など与えてくれない。
「それじゃあ、頼んだわよ」
「広夢!エリナもう行くってさ」
「ええ〜、待ってよぉ。もえかちゃんリンちゃんリクくん、またね〜♡」
板についてるモデルウォークで悠々と去っていく蜂谷さん。背後に付き従うのは、兵動さんと浮田くんの二人だけ。
手汗をハーフパンツでふきつつ、部室の中に戻る。あれ、双子がいない……?
ふと、背後に気配を感じた。
振り返ると至近距離に、そっくりな和顔がふたつ!
「ぎゃー!妖怪!」
「現れると見せかけて、現れない。現れないと思わせておいて、やっぱり現れる」
「映画に限らず、ホラー系の映像作品において基本的な演出です」
「やめてよ。寿命が縮んだじゃんっ」
「縮んだのは、映画の制作期間です」
「まったく、あんなふざけた注文を受けて」
……映画は撮らないとして。そんなむちゃくちゃなお願いでもなかったけどな。
要は、卒業式っぽくすればいいんだよね。それなら新入生歓迎会のとき体育館に飾った輪つなぎ用の紙テープとペーパーフラワーがまだ残ってるし、なんとかなりそう。視聴覚室は広いけど体育館には及ばないから、それで間に合うだろうし。
セレブが集うダンスパーティー風にしろとかいう命令だったら、今ごろ大パニック&大絶叫だったけど。
「輪つなぎとペーパーフラワーで十分、などと踏んでいらっしゃる顔ですね?」
「もえか先輩。プロムをご存知ですか?」
「え、さっき蜂谷さんが、学校でやる卒業パーティーとかなんとか……」
あたしが言うと、双子が同時にため息をついた。リクが、さっきまでホラー映画を観ていたタブレットを持ってきてインスタグラムを立ち上げる。あんたたち、学校から貸し出されてる端末で好き勝手やりすぎ!
リンが何か検索して、ずらっと表示された写真や動画を見せてきた。
「「これが、プロムと呼ばれる行事です」」
どれどれ、参考にさせてもらおうか。
……ん?……え?な、なんだこれ!
「こんなん、ぜったい無理でしょぉぉぉ!」
旧技術室に、あたしの大絶叫が響いた。
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