グルーガンズ、製作中!

田口葵

ホラハラおことわり

 アメリカ合衆国はN州、とある公立高校の体育館。つい先ほどまで、誰もが浮かれ騒ぐ楽しいハロウィンパーティーが繰り広げられていたはずが、今や地獄絵図としか例えようがないありさまだ。

 ティンカーベルに仮装した派手な女子生徒が、泣き叫びながら頭をかきむしる。


『ああモニカ、ごめんなさい!たくさん意地悪したこと、謝るわ。本当に悪かったと思ってる……!だ、だからもう、そのギターを弾かないで!』

 

 げ、なんかイヤな予感がする。

 あたしは左手に持っているポリスチレン製のリンゴに、さっと視線を移した。


 訴えもむなしく、ハロウィン仕様に飾り立てられたステージに立つ少女・モニカは、悪魔めいた舌なめずりをひとつして、赤いエレキギターの弦をかき鳴らす。

 ギューゥゥゥゥンッ!とチョーキングすると、巨大なシーツおばけの飾りが浮かび上がって、宙をすべるように進み始めた。


 ……ん、ちょっと待って。ギターからシールドが伸びてなかったよ。アンプなしで、あんなに広範囲に音が響くわけないじゃん。

 ささいなことが気にかかり、ついうっかり視線を戻してしまった。


 シーツおばけは、恐怖にへたり込む女子生徒のところまで来ると、彼女を頭から覆い隠した。断末魔が響き、白いシーツが血を吸い上げて赤く染まっていく。

 カットが切り替わって、凶悪な笑みを浮かべたモニカがアップに。

 また切り替わり、真っ赤なシーツおばけが映される。そしてカメラが下がると、胴からまっぷたつになった女子生徒の身体が……!



「ぎえええ!!痛いいいい!!」


 区立竹光中学校は北校舎、三階の旧技術室。あたし・志戸しどもえかは、危うくイスから転げ落ちて頭を打つところだった。リンゴを工作台に置いて、わき腹をかき抱いてサカサカと上下にさする。だ、だいじょうぶ。ちゃんとつながってる。


 まったく!どこが『恐怖レベル低めだから、ビビりな方でも楽しめます』なのさ!

 ちっちゃな指がタブレットをタップし、流れていたホラー映画を止めた。


「ひぇぇ!ちょ、なんでこんな場面で!」

「さすがはグレゴリー監督。パニックホラー映画界の芸術家と名高いだけあって、残酷なシーンにさえ彼ならではのこだわりと美意識が見て取れますね」

「なんといっても、主人公のモニカ役の怪演がすばらしいです。彼女なくして『モニカズ・ブラッディー・ギグ』たる映画は成り立ちませんよね」


 あたしを無視してホラー映画にのめりこみ、評論家を気取っている、二人の一年生。並んだ和顔は、同じ原型を使って制作した日本人形みたいにそっくりだ。

 だーもうっ。なんでわざわざ放課後に、バカみたいに残酷なホラー映画なんか観せられなきゃいけないんだ!

 ホラーハラスメント、略してホラハラで訴訟するぞっ。


「それはわれわれが、映画部だからです」

「なんです、そのくだらない造語は」


 黒目がちな眼球が計四つ、同じタイミングでこっちを向いた。不気味だからやめて。あと心を読んでくるのも。そういう妖怪?


「だーかーら。映画部は昔の名前で、今は違うんだって何度も言ってるじゃん」

「「また、へりくつをおっしゃって!」」

「いや事実ね⁉︎」


 現在の名称は『イベント部』。ここ、旧技術室がいちおう部室なんだ。でもあたしを除いて、毎日顔を出す部員はたった二人だけ。さっきから好き勝手にしゃべりまくっている、ホラーマニアの新入生で双子の、九部ここのべリン&リクがそうだ。

 で、どんな活動をしてるかというと。入学式や卒業式、それから新入生歓迎会などの校内イベントを行う会場の設営と飾り付けをする……だけ。


 ウソでしょ?信じらんない!とか驚かれても、事実なんだからしょうがない。


 にもかかわらず、長年廃部をまぬがれている理由。それはずばり、部員数が多いから。竹光中学は、部活動全員加入制。だから習い事や塾で忙しかったり、学校外のクラブで頑張ってたりする人などは、入部届だけ提出してさよならしちゃうんだ。それから別の部を辞めたけど、他に入りたい部がない人も。


 ……つまりここは常に、幽霊(部員)でいっぱいなのだ……。


 もちろん映画を撮る気配なんてまったくないので、数年前に部活名が変更されたらしい。そのことを知らずに名門中学を蹴って入学してきたリンとリクは、映画部復興を目指して躍起になっているんだ。


「しょーもないですよ、もえか先輩。ちゃんと映画に集中してください。われわれが自主制作ホラー映画を披露する文化祭まで、あと約七ヶ月しかないのですよ?」


 しめなわ級に太い三つ編みを揺らし、姉のリンが言う。だから心を読むなっ。


「独創性あるものを撮るには、既存作を徹底研究しなくてはなりません」


 こっちの市松人形みたいなおかっぱ頭が、弟のリク。声変わり前とはいえ、姉とまったく同じ声だ。


「あたしは明日までに、白雪姫の毒リンゴを作れって言われてんのっ」


 イベント部顧問である美ヶ丘うつくしがおか先生は、演劇部顧問を兼任してる。『どうせおヒマでしょ☆』って、舞台上で使う小道具の制作をしょっちゅうこっちに投げてくるから、それをいつもあたしひとりで請け負ってるんだ。


 演劇部員が百円ショップで買ってきたという、フェイクのリンゴ。

 リアルっちゃリアルだけどなんか……日本国産って感じ。色味が薄くて、白い斑点がぽつぽつあって。

 このまま舞台で使ったら、白雪姫の舞台が青森県とかだと思われかねない。色白美人を雪に例えるくらいだから、降雪地帯ではあるんだろうけど。


 だからいったんサンドペーパーで表面をけずって、塗装し直すことにしたんだ。下塗り剤でコーティングした上から赤いアクリル絵の具を塗って、おとぎ話の世界になじませる行程までは終わったんだけど。


「毒リンゴらしさをプラスするには……あっ、そうだ!」


 後ろの工作台に置いてある、コードレスタイプのグルーガンをつかんで持ち上げる。

 グルーガンは、物を接着するときに使うピストルみたいな形をした工具。

 樹脂でできたグルースティックを装填して、本体が温まってからトリガーを引くと、溶けた樹脂が銃口から出てくる。好きな形に樹脂を固められるから、物をデコレーションするときにも便利なんだ。

 

グルースティックは無色が一般的だけど、色がついたカラースティックもある。

 紫色のグルースティックを装填して、電源を入れようとしたとき。


「まさかリンゴに紫の樹脂をまとわせて、したたる毒薬を表現する気ですか?」

「見るからに毒物とわかるものを喜んで口にするようでは、魔女の手にかからずとも早死にする運命でしょうね、白雪姫は」


 リンとリクが厳しい目を向けてきた。


「うっ。確かにそんなリンゴを進んで食べちゃうお姫様、心配すぎるかも……。よし、毒々しさの方向性を変えよう。色味が鮮やかすぎて、逆に食欲がわかなそうな見た目にするってのはどうかな?毒キノコ的な」


 赤一色じゃなく、黄緑と黄色でグラデーションをつけて塗る。グルースティックはオレンジを使って、甘い蜜が染み出してきてる感じにしよう。


「ありがと双子。イメージわいてきた!」


 魔物を封じていたお札を、うっかり破ってしまったような顔をするリンとリク。


 でも無視。だって映画って、大勢で作るものでしょ?チーム作業が苦手なあたしにとっては苦痛でしかない。それに実写でもアニメでも、血が流れたり内臓が飛び出したりする残酷なシーンを見ると、脇腹のあたりがぞわーっとして気持ち悪くなるし。

 黙々とリンゴに絵の具を塗り、ハンディドライヤーで乾かしていると、出入り口の引き戸がノックされた。


「あれ。美ヶ丘先生かな?」

「……違いますね。リク」

「……ええ。おそらく、もっと悪質な何かですね。リン」


 インチキ霊能力者かっ。あきれながら部屋の出入り口まで歩き、引き戸にうわばきの底を押しつけて横にすべらせる。めちゃ行儀悪いけど、手が汚れてるんでご容赦ください。


「志戸さん。今、お話しできるかしら?」


 ……向かって右半身から現れたその姿に、あたしは絶句。息をする方法さえ、脳からぶっ飛んだ。一拍置いて呼吸を再開する。花?それともハーブ?まことにお上品な香りが、ふわりと鼻をくすぐった。


「は、蜂谷はちやさん⁉︎」

「何ここ。なんかくさくね?」

「ぼくもいるよ~♡」


 うぇぇ、兵動ひょうどうさん……と、浮田うきたくん。

 三人ともしっかり立体感があるし、まぼろしじゃなさそう。


 さっぱり意味がわかんない。どうしてあたしのクラスの最強一軍グループが、わざわざこんな僻地まで足を運んできたわけ⁉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る