第6話

 まばらに文字が埋められた答案用紙を一通り眺めると、雪奈はシャーペンをゆっくり置いた。

 空欄が目立つが、これ以上問題と向き合う気力はない。

 最低限分かりそうなところは埋めた。

 残りは記述問題ばかりで、問題を読むのさえ嫌だ。

 模試の偏差値が2、3上がったところでそれが何だと言うのだ。

 時計に目をやると、終了時間まであと15分ほどあった。

 今日という退屈な1日が終われば、明日は待ちに待った麻衣と海に行く日だ。

 そのことだけを楽しみに、この夏を過ごしてきた。

 よっぽど予備校をサボってしまおうかと何度も思ったが、かと言って他にやることはないし、サボったら、親にバレてしまい、後で面倒なことになるだけだ。

 だからと言って、集中して授業を聞く気にはならないし、自習時間も参考書を開くばかりで、1問も進んでいないことなんて日常茶飯事であった。

 1分1秒も時間を無駄にできないと参考書に齧り付く人、授業後に質問をする人、志望校の話で盛り上がる人、そうした人たちの中にいると、自分は何も考えていないと、多少の不安を感じることもあった。

 それでも同じような人はいるようで、サボっている人を見ると妙な安心感を覚え、その度に心の内では仲間を求めていることに気づき、嫌気がさした。


 麻衣なら他人など気にせず、自分の意志を貫き通すだろう。

 麻衣はこの夏休み、なにをして過ごしているのだろうか。

 何度か連絡を取ることはあったが、深い話をすることはなかった。

 麻衣はどうやら忙しいみたいで、今日まで直接会うこともなかった。

 元気にしているだろうか。

 早く麻衣の顔が見たい。

 声が聞きたい。

 くだらない話で笑い合いたい。


 答案用紙に書いた自分の字がぼやけて見えた頃、試験終了の号令がかかった。

 試験監督が用紙を回収し、枚数の確認をしている時間が焦ったい。

 長々とした説明に区切りがつき、漸く試験が終わった。

 解放感で溢れた会場は、試験の話で盛り上がっている。

 雪奈は荷物をまとめてすぐに外へ出た。

 外はまだ日が高く上っている。

 今回の模試もいつも通り手応えは全くなかった。偏差値が下がるのは明白だ。かと言って、今更勉強する気にはなれない。

 あれほど勉強しなさいと口うるさく言っていた両親は、今ではあなたの好きなことをやりなさいと言うようになった。

 呆れられているのか、諦められているのか。

 はたまた、そう言うことで勉強に取り組んでくれると思っているのか、その心はわからない。

 もちろん家では良く受験の話になる。勉強はどうなのとか、志望校はどこなのとか。いずれの話題にも、曖昧に答えるだけで、都合が悪くなると宿題があるからと言って自分の部屋に逃げた。

 好きなようにやりなさいと言われても、好きなことなんてない。

 このままじゃ駄目なんてことは、自分でもよくわかっている。

 それなら大学を目指して勉強すれば良い、ということもわかっている。

 今からだって、高望みさえしなければ、どこかしら行ける大学はあるはずだ。

 だけど、そんなことをして何の意味がある。

 結局みんなと同じ道を辿るだけではないか。

 それが悪いことだと思えなくなりつつある一方、ここで折れるわけにはいかないという下らない意地が大きくなっている。


 もう自分でもどうしたら良いかわからない。

 麻衣ならなんと言うだろうか。

 麻衣はどうしているだろうか。

 早く明日になってくれないだろうか。

 雪奈は足早に家に帰った。

 明日の準備を終えると、すぐに布団に潜り込んだが、全く寝付けなかった。

 明日の集合場所と時間が書かれたメッセージを何度も読み返しているうちに、いつの間にか浅い眠りに落ち、気づくと夜は明けていた。

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