第5話
チャイムが鳴り緊張から一気に解放される。
答案用紙が回収され、先生が教室を後にした瞬間、教室は活気で溢れる。
期末テストが終わり、2週間も経たないうちに夏休みが到来する。
受験が控えているとはいえ、教室は夏休みを控えて浮き足立っていた。
そんな様子をよそ目に、雪奈は独り窓の外を呆然と眺め、ため息を吐いた。
期末テストが始まってから、麻衣は一度も学校に来ていない。
担任が言うのは、体調が悪いとのことらしい。しかし、具体的な症状については、何も聞かされていなかった。
雪奈は、麻衣が突然、激しい咳をした日のことを思い出した。
あの日以来、休日に会うことはなかったが、少なくとも学校で咳をしているのは見たことがない。
だから、もう大丈夫だと思い、忘れてしまっていた。
しかし今思い返すと、あの日、麻衣は「たまにこういうことがある」と言っていたような気がする。
もしかしたら、実は何か重い病気を抱えていたのかもしれない。
その考えが頭をよぎると胸が締め付けられる。
スマホで送ったメッセージは何日も既読がつかない。
電話をかけてみたが、繋がらなかった。
担任に詳しく聞けば真相がわかるかもしれないが、何故か怖くて聞けずにいた。
あの日のように、何もできずにただ時間だけが過ぎ去っていった。
雪奈は自分の無力さを痛感した。
勉強も運動もできず、友達の力にもなれない。
しかし、それでも麻衣のそばにいたいという思いは強かった。
もう一度連絡をしてみよう。そう思い、スマホを取り出したところで、タイミングを見計らったようにちょうど通知がきた。
『返信できなくてごめんね
私は元気です
夏休みはどこに行こうか』
麻衣からの返信だ。
いつものように絵文字の一つもない簡素なメッセージ。
しかし雪奈の心は安堵で満たされる。
あぁ、良かった。
『心配したんだからね
無事で良かったけど、本当に無理しないでね』
雪奈は溢れ出す思いを絵文字に託して送信する。
『早く雪奈の顔が見たいよ』
『私も麻衣に会いたい
夏休みだけど海に行かない?
泳げないけど、無性に見たいんだ』
『そうだね。そうしよう』
その後もやりとりは続き、海に行く日程が決まった。
場所については案内したいところがあるらしく、麻衣に任せることになった。
当日の楽しみにしておいてほしいと言われている。
とにかく麻衣と連絡が取れたことが、素直に嬉しい。
その一方で、何日も連絡が取れないほど体調が悪かったのかと思うと、本当に心配になる。
なぜ私は何もできないのだろうか。
勉強も運動もできない。
友達の助けになってあげることもできない。
ある人は言っていた。この世に価値のない人間は一人もいないと。
それは嘘だ。
少なくとも私は、染井雪奈という存在は、いてもいなくても同じだ。
だからいつ死んでも構わない。
本気でそう思っている。
でも、麻衣のそばにはいたい。
価値のない存在でも、何もできない無力な存在でも、ただそばにいたい。
それだけでいい。
麻衣が許してくれる限り、私はそばにいたい。
『これからも麻衣のそばにいていい?』
『うん。いいよ』
なんでこんな恥ずかしいメッセージを送ってしまったのだろうかと、雪奈は我に帰る。
悶えるように布団に潜り込み、何度も枕に顔を埋める。
もう一度メッセージを開く。
何度読んでも恥ずかしさが込み上げてくる。
だけど麻衣からの返信を読んで、心が洗われ、救われる気がした。
生きていて良かった。
これから生きる意味も見つかった。
雪奈は幸せに包まれるように、眠りに落ちていった。
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