第2話
その日は曇りだった。いや、何日も曇りだったかもしれない。少なくとも、ヒロキには晴れの日の記憶がなかった。ドロップが引退したショックは、それほど大きかったのだ。
「はぁ……」
何度目かわからないため息をつく。とはいえ、彼にも日常がある。うだうだと悩んでいる暇などないのだ。
「大学辞めようかな……」
ショックのあまり正常な判断がつかなくなり、そんなことを口走る。ちなみに彼がそんな陰気なことを言っていたのは家のリビングだった。
「お兄ちゃん、何言ってるの?」
その場にいた妹、リンが思わずツッコミを入れる。
「だって……。世界が終わるんだぜ。もう終わっているようなもんだけど」
「ああ、お兄ちゃんの妄想だよね? 変なメッセージを見たとかなんとか」
「いや、世界なんて終わっちゃえばいいんだ……だってドロップがいなくなる……いや、引退配信までは残っててくれなきゃ困るぞ! そうだ、世界が終わるなんて嘘なんだ」
ヒロキの情緒は乱高下し、支離滅裂な言葉が口をついて出る。
「うわ情緒不安定できも」
リンは呆れたように呟く。
「うるさいな、俺は今世界の終わりを目の当たりにしてるんだよ」
「……はぁ」
そんな馬鹿なやり取りで気が紛れたのか、ヒロキはようやく支度を始める。
「あ、そうだ。今日私、日直だから先に行ってるね」
リンが家を出ると、ヒロキは一人になる。
「はぁ……」
またため息。ドロップの引退が、彼の心に大きな影を落としていたのだ。
「ああ、そろそろ出なきゃ……」
講義の時間が近づくと、ヒロキは大学に向かう。
*
「はぁ……ドロップ……」
「またそれかよ。お前、本当にドロップのこと好きなんだな」
タクミの声に、ヒロキは我に返る。
「当たり前だろ!あんな子、もう出会うことができない。俺のすべてだったんだ」
「そこまでか……」
タクミも一端のVtuberオタク、ドロップの引退がショックだった。しかし、ヒロキの落ち込みようはそれ以上だ。
「あ、そうだ。俺、ドロップ引退に合わせて寄せ書き企画を立てようと思っているんだけど」
「え、なにそれ」
「ほら、そういうの憧れるじゃん。」
「ふざけるなよ。お前の自己顕示欲のためにドロップを利用するんじゃねぇ!」
「いや、そういうわけじゃ」
「じゃあなんだよ。まさか、本当に寄せ書き企画を立てる気なのか?」
「ああ」
「まあ、もちろん参加するけど」
「参加するのかよ!? ほんと情緒おかしくなっているぜ、お前」
「うるさいな。お前こそ、寄せ書き企画なんて立てて。承認欲求の奴隷がよ」
「いや、俺はただ……」
そんな言い合いをしているとチャイムが鳴り、講義が始まる。しかし、ヒロキはどこか上の空だ。講義の内容も、まるで頭に入ってこない。
「なあ、お前大丈夫か?」
タクミが小声で耳打ちする。
「大丈夫じゃないよ。頭の中はドロップのことでいっぱいだし、あのメッセージのことも気になるし……」
「メッセージ?」
「おおだまドロップの引退を阻止せよ。さもなければ、世界は滅びるってやつだよ」
「ああ、お前が見た幻覚だろ」
「幻覚じゃねえよ!」
ヒロキは思わず声を荒げる。教授がコホンと咳払いをした。ヒロキは我に返り、小声で続ける。
「いや、でも、もしかしたら本当に幻覚かもしれない。でも、でもさ……」
ヒロキは言葉を詰まらせる。タクミは、ヒロキの苦悩を理解しているかのように、優しく肩を叩く。そして、ある疑問を口にする。
「もし本当ならよ、なんでドロップは引退するんだろうな」
「もしかしたら、知らないのかもしれないぞ」
ヒロキは、タクミの言葉にハッとする。
「言ってみたらどうだ?」
「でも、そんなこといきなり言ったらおかしな奴だと思われるだろ。最後の最後でコメントタイムアウトなんてさすがに立ち直れないぞ」
タクミは現実的な意見を述べる。
「まあな。でも、やっぱり俺は言った方がいいと思うぜ」
「なんでだよ」
タクミはヒロキの真意を測りかねる。
「引退を考え直すかもしれないだろ」
「……」
その一言にヒロキは真剣に考えこむ。タクミは、そんなヒロキを心配そうに眺めるのだった。
終末回避系ガチ恋物語 アールグレイ @gemini555
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