第2話

 高位女性からの婚約破棄、捨てられた男性のめくるめく第二の人生サクセス・ストーリー

 そのストーリーを知った瞬間、フェリーチェに電撃が走った。これしかない、と思ったのだ。

 それというのも、側仕えのアルドヴィーノに、一向に結婚の気配が無いから。


(わたくしと彼は、婚約も結婚もしていない、仕事だけの間柄なのだけど、さすがに拘束期間が長すぎたのは反省しているんです……。わたくしの仕事のペースについてこられるのが、あの方だけだったとはいえ。気づいたら一人脱落、二人脱落で周りからひとが減っていく中、アルドヴィーノだけは淡々と仕事をこなしてくれていたから……)


 実際のところ、本当に「誰もいなかった」わけではない。ただ、アルドヴィーノひとりいれば、フェリーチェの意向を素早く正しく汲んで周囲に仕事の割り振りを的確にしてくれるのだ。重用しているとか寵愛していると噂されていても、フェリーチェとしては手放せる相手ではなかったのだ。

 その結果として、アルドヴィーノは見事に婚期を逃した。いくら王族の信頼が厚い要職のため、私生活を犠牲にしているとはいえ、三十歳近くにもなって結婚していなければ跡継ぎの一人もいないのは、問題のはず。

 ここでフェリーチェは、彼に最高の結婚を演出する責任をひしひしと感じるに至った。


 そのための――お伽話。


 現実と物語は、決して混同してはならない。だが、物語から学ぶことが多いのは厳然たる事実。

 この時代の多くのひとが好んでいる流行りの筋書きを、馬鹿にしてはならない。

 理屈をコネながらフェリーチェがたどりついた結論、それが。


 そうだ、婚約破棄をしよう。(その前に、婚約しておかなきゃ!)


 幸いにして、アルドヴィーノはその企てを鼻で笑うこと無く、真摯に受け止めてくれた。

 いつものように、碧色の瞳に誠実そのものの光を浮かべて「謹んでお受けします」と婚約を了承してくれたのだ。

 フェリーチェは、心の底からほっとした。


 計算高い才女と言われ続けてきたフェリーチェであるが、大切なひとの結婚に関しては計算ばかりではいられない。これからの婚約とその破棄に関する騒動は、自分に相応の傷を負わせるだろうが、構わない。自分の不名誉など、業績で跳ね返せば良い。だが、時間は止まってくれない。アルドヴィーノはいよいよ三十歳になる。このままでは、彼の人生は取り返しのつかないものになる。急がねば。

 アルドヴィーノを幸せにしたい、フェリーチェはその一心だった。


「伯爵と婚約? 良いだろう。彼はお前の補佐に入ってからもう十年だ。王家の事情に詳しくなり過ぎていて、国内の有力貴族の中にあっても扱いは非常に慎重にならざるを得ない。本人が優秀だから、あの忙しさにかかわらず領地経営もずば抜けているし、この先どこかのタイミングで陞爵しょうしゃくも視野に入ってくる。姫の相手として彼はふさわしい」


 父王は、まるで初めからそのつもりだったかのように賛成をした。


「遅いくらいだ。婚約なら、一年前でも二年前でも良かったのに。姫も良い年齢だからね、結婚は急ごう」


 兄王子も、驚いた様子もなく同意した。

 ふたりとも、「フェリーチェの言うことならば、間違いはないだろう」と過大な信頼を寄せてくれていて、破棄するつもりのフェリーチェとしては心が痛まないでもなかったが、そこは割り切った。

 こうして、アルドヴィーノとの婚約は、思った以上に順調に成立する運びとなった。



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