混血たち
「それで、巻き込まれるのは嫌だってか。とんだクソどもだな」
ソファに勢いよく腰を落とし、アウルは吐き捨てた。
「落ち着け、何も得られなかったわけじゃない」
ケトルを火にかけ、ジャガーは感慨深そうだ。
「大臣と大使の好感度が上がったんだぞ? シュッツェの言葉、聞かせてやりたかったね。誰よりも大人だった」
「あの場で、外交にヒビを入れたくなかった。クローネが戦場になるんだったら、引き下がるしかなかったよ」
シュッツェは、生気のない目を伏せる。
「ところでさ。なんで『
「全部、叔父の陰謀だ」
「叔父ねぇ。リー……。ナントカって名前だったか?」
「リーベンス・ヴェルテュヒ・シックザール。俺の母の弟だ」
「もう一回クローネに潜入して、そいつの脳天に
まるで機関銃だ。アウルの口から、次々と暴言が発射される。
「……あの時、ビエールの宰相が乱入したんだ」
シュッツェの目つきが鋭くなった。
「『非武装中立国』という立場が、クローネの敗因だって言われた。負けるも何も、向こうが勝手に仕掛けてきたんだ」
感情が昂ったのか、声が歪む。
怒りを制御できないアウルが、無言で立ち上がる。
騒音を立て、外へ出て行った。
「……良くも悪くも、あいつは真っ直ぐなんだ」
ジャガーは、人数分の紅茶を
「先にシャワー使うよ」
そう言って、リビングを出て行った。
「……変わった人だね」と、シュッツェは呟く。
「掴みどころがないだろう?」
紅茶に角砂糖を入れる手を止め、ジェネロは苦笑する。
しばらくして、アウルがどこからか戻ってきた。
同時に、むせるような煙草の臭いが広がる。
怒りを鎮めるために、一服したらしい。
「あいつ、風呂入ってんの? 大丈夫か?」
「遅かれ早かれ、わかることだからって」
「そうだな」
シュッツェは首をかしげた。アウルとジェネロの会話が、理解できないのだ。
しかし、意味をすぐ知ることとなった。
戻って来たジャガーの髪が、白く変化していた。
「何? あぁそっか」
シュッツェとアインの驚いた顔を見て、ジャガーは頷く。
「俺の地毛、この色なんだよ」
完全な白というより、光沢のある銀色だ。
「潜入の時は悪目立ちするから、すぐ落ちるやつで染めてるんだ。まつ毛は無理だから、眼鏡で隠すしかなくてね」
なぜ、まつ毛が白──もとい銀色だったのか。
シュッツェの中で、違和感が崩れ去る。
「こいつはな。ガキにいじめられてた亀を助けて、人魚の城に招待されたんだ。そこで、人魚から宝箱を貰った。それを開けてみると──。ボン!」
大げさな手の動きとともに、アウルから擬音語。
「なんと! 宝箱から白い煙が噴き上がり、ジャガーは銀髪になってしまいました。めでたし、めでたし」
「何の話だよ。めでたしじゃないよ」と、ジャガーは冷めた様子だ。
「そういえば。アインの髪色ってプラチナブロンドだよね? 大人なのに珍しい」
「よく言われる。そんなに珍しいかな」
話を振られ、アインは困惑気味だ。
「珍しいよ。プラチナブロンドは子供の時だけって聞くし。……それよりさ、気になってることがあるんだ」
ジャガーの目が、獲物を狙うように鋭くなった。
「アインって、
反応を見逃すものか。という意思が感じられる。
「……そうだ」
しばらくして、アインからため息が漏れた。
「正確には人間との混血だ。……気づかれたのは、髪のせいかな」
「それもある。でも『耳』で気づいた。一度も見えなかった」
降参の証に、アインは両手を上げた。
髪を
そこに『耳』はない。こめかみの下に、小さな穴が開いているだけだ。
「……本当に『耳介』がないんだね」
興味深そうに、ジェネロが身が乗り出した。
「ジカイって?」
聞き慣れない言葉に、アウルは首をかしげる。
「哺乳類の耳についている、外に張り出した部分だよ。パライ人や
ジェネロは、軟骨でできた自身の『耳』をつまんだ。
「一言いいか?」と、シュッツェが割って入った。
「アインが混血だってこと、内緒にしてほしい。耳がないだけで不気味だ、気持ち悪いって言う連中が多いんだ。アインが差別に苦しむのを、俺はずっと見てきた」
「だから身辺調査をした時も、情報が出てこなかったんだな」
納得したように、アウルが頷く。
「あぁ。私はフェヒター家当主として、振る舞う必要があった。……もう家に縛られることはないか」
「立ち入ったことを聞いてしまって、申し訳ない」
神妙な顔つきで、ジャガーは頭を下げた。
「気にしないでくれ。生い立ちは、いずれ話そうと思っていたから」
「親近感が湧いたよ。実は俺も、西洋人と東洋人の混血なんだ」
ためらいもせず、ジャガーは言った。
「え? そうなのか!?」
上擦った声を上げ、シュッツェは瞠目した。
「気づかなかった」と、アインも首を振る。
「西洋人の父親似なんだ」
そういえば。とジャガーは呟く。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前は『シキ』。これからは、そう呼んでくれ」
ジャガー改めシキは、人懐っこい笑みを浮かべた。
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