非情
隠れ家は、駅から十分ほどの距離。
ごく普通のアパートの一室だが、IMO所有の物件だ。
「掃除、大変だったでしょ」
荷物を運び入れ、ジャガーは部屋を見回した。
「思い出すだけで、鼻水が出る」と、ジェネロはしかめっ面だ。
「ここで、何人が寝起きするんだ?」
「ジェネロと公女はホテル。ウルフはいないから……。今のところ四人?」
指を折り、ジャガーは首をかしげる。
「うへぇ」
舌を出し、アウルは不満そうだ。
その後、シュッツェは診察を受けた。
体調に問題はなかったが、かなりの疲労が溜まっていたらしい。
しばらくして、座ったまま眠ってしまった。
「ほっとしたんだろうね。面会まで時間はあるし、少し寝かせよう」
ジェネロは
「アイン。伝えておきたいことがある。……公女の件だ」
それは、ジャガーの言葉から始まった。
公女は行方不明だということ。
別の隊員が潜入を続け、捜索していること。
IMOとは別に、影で動く人物──『X』がいるということ。
全てを知ったアインは、やりきれないという風だ。
さらに、シュッツェの知らない事実を告げられる。
「城で騒ぎが起きた頃。なぜか、城外でシュッツェが目撃された」
「そんな……」
意味を悟った瞬間、アインは目を伏せた。
「そう、公女だ。彼女が消えた今、それしか考えられない」
ジャガーは淡々と続ける。
「どうやって、城外へ出たかはわからない。確実にわかるのは、背後に『X』がいる」
「つまり。公女の行方は『X』が知っているんだね」
唸りつつ、ジェネロは顎に手を当てる。
「あぁ。ウルフが帰ってくれば、何かわかるはずだ」
頷くと、ジャガーはアインを見た。
「もちろん、シュッツェにも話す。その時に、あんたが支えになってほしい」
「……そうだな」と、アインはハッとした顔だ。
「腹、減ったろ。なんか買ってくる」
しんみりとした空気に、居心地が悪くなったのか、アウルは外出した。
しばらくして──。
帰宅した手には、セルキオ名物のハッシュドポテト。
香ばしい匂いで、シュッツェは目を覚まし、半日ぶりに食事をとった。
※
アール・ヌーボーと呼ばれる、新しい建築様式。
それを採用した外務省支部の前に、シュッツェ一行はいた。
アウトロー気味のアウルは、堅苦しい場所が嫌いだ。
代わりに、ジェネロが同行した。
「どうぞお入りください」
十三時ちょうどに、クレモンが支部から顔を出す。
昼時のためか、あるいは人払いをしているのか、職員の数は少ない。
三階へ上がり、一行は応接室へ入った。
「ご無事でよかった」とサミュエルは、
「大使殿、お久しぶりです。この度は、本当にありがとうございます」
心からの感謝とともに、シュッツェは握手を求めた。
「それは、ジョセフにも言ってやってくれ。私ばかり持ち上げられては、彼が拗ねてしまう」
茶化すように言うと、サミュエルは振り返る。
セルキオ外務大臣の、ジョセフ・マルタンだ。
屋外スポーツをしているのか、肩幅が広く日焼けしている。
「まさか、こんなことになるとは……」
人差し指と中指で眼鏡を押し上げ、ジョセフは言う。
「すでに同盟国を始め、各国は抗議の声を上げている。今後、ビエールには経済制裁が行われるだろう」
「あの……」
励ましのつもりだろうが、シュッツェの顔は暗い。
「セルキオ軍による、支援はないのでしょうか?」
勇敢にも、核心へ切り込んだ。
クローネがセルキオと交わした、安全保障条約。今こそ義務を果たす時。
動かない同盟国に、苛立ちを覚えていた。
「結論から言おう」
ソファに座り、ジョセフは両手を組んだ。
「今回の件に関して、セルキオ軍は動かせない。ビエールと衝突すれば、クローネは戦場になる。それに──」
もういい。わかった。
耳を塞ぎたくなる衝動が、シュッツェを襲う。
「セルキオは、ビエールの影響を受けていない」
残酷な言葉だ。つまり、巻き込まれるのが嫌なのだ。
「我々だけで、国を動かしているわけではない。すまないね」
情けをかけるように、サミュエルは呟いた。
「そうですか……」
シュッツェは、充血した目を押さえた。
投げやりな言葉とともに、肩が落ちる。
「
しばらく経って、
「それだけで充分です」
ありがとうございます。そう言って、頭を下げた。
罵られると思っていたのだろう。それだけに、大臣と大使は戸惑った。
「……我々は、心よりあなた方を歓迎します」
ジョセフは立ち上がり、手を差し出した。
面会後。迎えの秘書官とともに、ジョセフは退室した。
「君は、一人じゃない」
激励の言葉を残し、サミュエルも去った。
「帰ろう」と、ジャガーが呟く。
シュッツェは、疲れ切った顔で頷いた。
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