第四節

放たれる狩人

 目の前の男は、感情が乏しい。

 貫くようにリーベンスを見つめている。


「我が国による失態、心よりお詫び申し上げます」

 口火を切ったのは、ビエール共和国宰相のヴィリーキィ・シーリウス。

 謝罪のはずが、誠意が感じられない。


「まぁ、今回の件は痛み分けにしましょう。あなたの命令で、兄妹の監視に当たっていた兵士が襲われたのですから」

 ヴィリーキィは、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。 


「……そうですね」

 逃亡の事実を伝えるも、宰相がクローネ入りしたのは二日後の昼過ぎ。

 緩慢な動きに、リーベンスは苛立ちを覚えていた。


「それで、妹は死体で発見されたと聞きましたが、兄は見つかりましたか?」

 

「いえ。依然、捜索中とのことです」

 死体でも、何でもいいから連れてこい。と怒鳴り散らしたことを、リーベンスは思い出した。


「すでに、他国へ逃げたのでしょう。確か、筆頭警護官も姿を消したそうですな?」


「はい。連れ出したビエール兵の名前を確認したところ、該当する者はいませんでした。協力者がいるようです」


「正面から堂々と逃げるとは。面白い」

 言葉とは裏腹に、ヴィリーキィの目は笑っていない。


「リーベンス殿。全ての権利を奪われたシュッツェには、もう力はないでしょう。放っておいても良いと思いますが、追いますか?」


「もちろん。協力者がいるならば、いずれ牙を向けてくるかと」


「そうですか。生け捕りにしますか?」


「会話ができれば、手足がなくとも構いません」

 リーベンスは、円卓に置いた拳を固めた。


 少しだけ思案したあと、ヴィリーキィは口を開く。


「では『リオート・ヴォルキィ』を動かしましょう」


「まさか、ザミルザーニの……」とリーベンスは、喉を鳴らした。


 リオート・ヴォルキィとはザミルザーニに、かつて存在した特殊部隊の名。

 実態は、手段を選ばない暗殺集団。

 各国から非難を受け、解体したはずだった。


「報酬は負担して頂きます。同盟国に払っていた、安全保障の契約金よりは安いでしょう」

 

「えぇ。安全保障をうたい文句に金を貰い、いざクローネが窮地に陥っても何もしない。連中はただの詐欺師です」

 あからさまな揶揄やゆだが、リーベンスは鼻で笑った。


「協力者の素性も調べておきましょう。ビエールをコケにした代償として、一人残らず抹殺します」

 同調する言葉に、ヴィリーキィは満足そうに頷く。


「さて。前置きはこの辺にして──」

 無感情だった目に、光が宿る。


「見つかった公女の死体が、本人だと断定された理由をお聞かせ下さい」

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