第三節

交差①

 日が昇った空は、吸い込まれそうな青。

 ハイルング市で足止めを食らい、列車は定刻遅れ。


公世子こうせいしと公女が逃亡し、列車に乗っている可能性がある』

 ビエール側から通達された内容に、アインは絶句した。


 しかし、何事も起きなかった。

 簡単な車内チェックのあと、列車は動き出した。


 安堵あんどしつつも兄妹がいなかったことに、アインは落胆した。

 狂った情緒じょうちょが収まったのは、国境都市に入ってからだ。


 しばらくして、アウルが離席した。

 サミュエルの席に向かい、小声で話している。


「何かあったのか?」

 戻ったアウルに、アインは首をかしげた。


「ちょっとした確認だ。……おっと、セルキオに入るな」

 

 言葉通り、アナウンスが越境を伝える。


 アインは車窓を見た。

 遠くにそびえ立つ山脈の、青黒色せいこくしょくの岩肌。

 山頂付近の積雪との、コントラストが美しい。


 シャレースタイルと呼ばれる建物が点在し、羊の群れが走る。

 セルキオ連邦は国土の大半を山岳地帯が占め、牧畜が盛んだ。


 やがて現れたのは、赤い屋根の街並み。

 セルキオの首都、ミリューだ。


 首都の大動脈であるミリュー中央駅に、列車は進入した。

 重厚さが際立つ、ロマネスク建築のホーム。

 無数の人々が行き交い、列車が次々と発着する。


 列車は、要人用のホームに停車した。

 政府高官と新聞記者が、大使の到着を待っている。


 完全な停車を待って、大使館関係者が立ち上がった。

 降車したサミュエルは、高官と握手を交わした。


「アウルさん」と、クレモンが通路を歩く。


「今がチャンスです」


「ありがとうございます。アイン、ついて来い」

 アウルは、後方車両へ続く扉を開けた。


 二両目には、セルキオ兵たちが乗っていたらしい。

 大使の護衛に向かったため、今は誰もいない。


 三両目以降は貨物室だ。薄暗い車両の中に、荷物が積まれている。


 一度は立ち止まるも、アウルは歩き出す。四両目も素通りした。


「さっさと出て来いよ!」

 五両目に来て、アウルが声を上げた。

 ニヤニヤしているのが、バラクラバ越しでもわかる。


「……お前かよ」

 不意に、男の声が聞こえた。


 車両の一番奥で、何かが動く。

 癖のある黒髪に、青いアーモンドアイ。暗がりに目が輝いている。


──この男が、ジャガー。

 総毛立つような雰囲気に、アインは固唾かたずを飲んだ。


「ほら、お前も出て来い」


 ジャガーに促され、もう一人の男が立ち上がる。

 髪色はダークブロンド。クラウドマッシュの青年だ。

 グリーンアゲートを眼窩がんかに入れたような、緑色の目。


「シュッツェ……」

 脱帽の如く、アインはバラクラバを引き抜いた。



 

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