青天の霹靂
「……やったな」
ネットを投げ、ジャガーは笑った。
続けて、手のひらを構える。
意味を察し、シュッツェはローファイブを交わした。
「ありがとう」
バラクラバを引き抜き、シュッツェはうつむく。
髪が乱れてしまったが、直す力はない。
「どういたしまして。……よく頑張ったな」
天を仰ぎ、ジャガーは脱出の余韻に浸る。
その言葉に、シュッツェから涙が
父の死、
あらゆる瞬間が、脳裏を駆け巡る。
「すっきりしたか?」
涙が収まった頃、ジャガーが問う。
「あぁ。窮地は抜け出した。いい加減、正体を教えてくれよ」
赤くなった鼻に手を当て、シュッツェは頷く。余裕が出たのか、明るい声だ。
「そうだったな。俺は傭兵だよ」
「傭兵? ……傭兵ってあの、傭兵?」
「何だよ、その言い方」と、ジャガーは失笑した。
「俺たちは、国際傭兵組織から派遣された」
「国際傭兵組織? ベイツリー共和国の? 海を渡ってきたのか?」
目を丸くし、シュッツェは質問を重ねる。
「そう。経緯としては、妹さんが
「どうやって?」
「それはな……」と、ジャガーは言葉に詰まる。
「妹さんが流したメッセージボトルが、パライ人に渡ったって言ったら。お前、信じる?」
薄ら笑いを浮かべ、質問を返した。
「……信じない。というか、ありえない。都合が良すぎ」
シュッツェは、これでもかと否定の言葉を重ねる。
「嘘は言ってないからな」
「……でも、監視にバレずに妹と通じていたなんて。どうやったんだ?」
それは、純粋な疑問だった。
しかし、ジャガーの反応は意外なものだった。
「何のことだ?」
「え?」
「俺たちは一度も、妹さんとは会っていない」
険しい表情を浮かべ、ジャガーは首を振る。
「でも、手紙が来てた──」
「何だと?」
ジャガーは、シュッツェに詰め寄った。
「詳しく話してくれ」
会話が噛み合わないことに、シュッツェは焦る。
弁解するように、おずおずと口を開いた。
「四日前に手紙が来たんだ。手紙には『ここから逃げたいか?』って書いてあった。『はい』って答えたら、この逃亡に行き着いた」
「それで?」
「三回やり取りした。二通目も『妹は覚悟を決めている。お前もここから逃げたいか?』って。最後の手紙は……。そうだ、俺の日記に」
シュッツェは荷物を漁り、手帳を取り出した。
問題のページを開き、ジャガーに渡す。
「妹さんがくれた『計画書』と同じだ」
「計画書?」
「午前八時前に、ハイルング方面から輸送車が来る。
車を奪えば、城に潜入できる。
自分たちは八時に騒ぎを起こし、暖炉に隠れる。
セルキオ所有の特別列車を使えば、逃亡が容易くなる。
計画書の内容はこんなところだ」
淀みなく言うと、ジャガーは日記を閉じた。
「他に覚えていることは?」
「……駒」
目を閉じたシュッツェが、ぽつりと呟く。
「そうだ。何者なのか聞いたんだ。そうしたら『私たちは駒の一つ』って返事があった。『私たち』って書いてあったから、手紙はIMOからだと思ったんだ」
無言で、ジャガーは視線を落とした。列車が立てる雑音が、一際大きく響く。
「手紙の主は俺たちじゃない。これは断言できる。……IMOの知らないところで、何者かが動いている」
シュッツェは、背筋が凍る感覚を覚えた。
まさか、幽霊。その言葉は、声には出さなかった。
「パライ人にメッセージボトルが流れ着いたのも、仕組まれていたんだな」
後頭部を壁に当て、ジャガーは笑った。
「俺たちはただ、駒のように動かされていたわけだ」
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