急がば回れ②
「病院どこ?」
ジャガーは、同乗者を気遣うことはない。
「その道を右折……」
同乗者──シュッツェは、こめかみを押さえた。
朝の市内は閑散としている。
開店準備に勤しむ店主や、通勤途中の市民がちらほらと見えた。
気づけば、通りを走る車が増えている。
全て軍用車だ。猛スピードで市外へ出て行く。
「検問で、何を話したんだ?」
「お前が逃げたことを伝えたんだ」
ジャガーは、しれっと答えた。
「落ち着け」
反論しようとするシュッツェをなだめ、言葉を続ける。
「城から出る時に小耳に挟んだ。広域無線が壊れたってな」
「あんたらが壊したんだろ?」
「まさか。そんな暇なかったよ。好都合だったけど」
眉をひそめ、ジャガーは首を振る。
「城にあった他の車は、捜索範囲を広げるために出払ったあとだった。応援を呼びに行くって理由で、城から出やすかったよ」
「……都合が良すぎじゃないか」と、シュッツェは呟く。
「なんで俺が逃げたことを、わざわざ伝えたんだ? 外部に連絡が行かない方が、俺たちにとっては好都合じゃないのか?」
少しだけ、語気が強まる。
自らの首を絞める行動に、軽い苛立ちを覚えていた。
「情報が行き渡らなきゃ、俺たちが危ないんだよ」
「はぁ?」
ジャガーが何を言っているのか、シュッツェはついにわからなくなった。
病院の入口には、医師と看護師が待機している。
二人の兵士は、ストレッチャーに乗せられた。
負傷兵に気を取られていたのか、誰一人、シュッツェには見向きもしない。
「検問には兄妹の捜索中に、あの兵士たちを発見したと伝えた。注射痕があれば、毒を盛られたかもしれない。救急車を待つより、病院に駆け込んだ方が早い。って理由で市内に入りやすくなる」
大通りへ出ると、ジャガーは口を開いた。
「それに、あの二人が本当の輸送役だ。仮にあいつらが、俺たち以外に発見されたとしよう。今、城にはウルフが残っている。お前ならどう思う?」
急な質問に、シュッツェは戸惑う。
思考回路が停止しかけていた脳を、フル稼働させた。
「……ウルフが動きづらくなる。もしかしたら、侵入者だってバレるかも」
「正解」と、ジャガーは嬉しそうだ。
「だから、麻酔を打ったのさ。あいつらの目覚めが遅ければ、ウルフの潜入時間が延ばせる」
シュッツェは、感嘆のため息を吐いた。
情報の提供、負傷者の介抱。どの行為も侵入者はしない。
先入観を逆手に取った、
「ウルフが残ることになったのは、想定外だけど。まぁ、お前が冷静でいてくれたから、事が順調に運んだよ」
「はぁ……」
肩を叩かれ、シュッツェは曖昧に返事した。
「鉄道で逃げるのか?」
ハイルング駅が見えたと同時に、表情が曇る。
「そ。セルキオ大使を乗せた、セルキオ所有の特別列車でね」
「えっ……」
シュッツェは、ついに言葉を失った。
「だから、俺はわざと情報を漏らした。今頃、お前が逃亡したことが、クローネ中のビエール兵に知らされている。今日は偶然か、セルキオ大使が帰還する日。セルキオはクローネの同盟国。たとえ大使が乗っていたとしても、列車は停められる」
あとはわかるでしょ? とジャガーは
車は徐々に速度を落とし、駅の駐車場で停止した。
「でも。列車に乗り込むって、本当にできるのか?」
降車する前に、シュッツェは問う。
「多分」
返ってきたのは、頼りない言葉。
「……もういいや」
首をすくめ、シュッツェは荷物を持った。
しかし、心配も
駅にはビエール兵が集結し、物々しい雰囲気に包まれていた。
ホームには運転席と煙室、淡水車で構成される蒸気機関車が停まっていた。
先頭車両には、セルキオ連邦の国旗。
本当に停まっていると、シュッツェは驚いた。
互いの兵が、無言で睨み合っている。まさに一触即発だ。
ビエール兵に混じった二人は、最後尾の五両目に乗り込んだ。
貨物室らしく、大量の箱や家具が置かれている。
荷物の量から見るに、一時的な帰国ではない。
大使を自国に呼び戻す『大使召喚』とは、両国にとって一大事。
一時的に外交を断つという意味合いが強く、最悪は国交断絶に発展する。
ビエール兵は貨物室を念入りに調べているが、見つかるはずもない。
ジャガーも、荷物を調べるふりを始めた。
一人、また一人と兵士が出て行く。
手を止めたシュッツェの肩を、ジャガーが掴んだ。
二人は貨物室の隅に座り、荷崩れ防止のネットを被る。
体を隠せるように、さりげなく荷物を移動させていた。
ビエール兵が引き上げたあと、セルキオ兵が顔を出す。
這いつくばるほどに身を低くし、呼吸を止めた。
シュッツェは人生で一番、神に祈った。
「こんなに散らかしやがって」
ドン。と乱暴に扉が閉まった。
しばらくして、主動輪から
呼吸のように蒸気を発し、機関車が動き出す。
発車を告げる汽笛が、晴れ間がのぞく空に響いた。
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