第二節

急がば回れ①

 この林道は、首都へは向かわない。

 つまり、反対方向のハイルング市を目指している。


「……あの、質問してもいい?」

 城が見えなくなった頃、シュッツェは口を開いた。


「どうぞ」

 片手でハンドルを操り、ジャガーは答える。


「どうして、俺を助けてくれたんだ?」


「依頼されたからだよ」


「依頼?」

 誰から。と口にしようとした時、鼻先にブロマイドが突きつけられる。


「レーヴェ!?」

 ブロマイドをひったくり、シュッツェは目を見開いた。


「簡単に説明する。妹さんは、軟禁中に助けを求める行動を起こしていた。それは成功し、俺たちが助けに来たってわけ」


「そうだったのか。……妹は?」


「一緒に逃げると目立つからな。お前は俺が、妹さんはウルフが連れ出す予定だった。ウルフはさっき、一緒にいた奴さ」


「予定……だった?」


「あぁ。……言っておくか」

 シュッツェの問いに、ジャガーはため息を吐いた。


「妹さんのことだけど、ウルフに聞いた。妹さんは暖炉に隠れていなかった」


「嘘だろ」とシュッツェは、口元を手で覆う。


「調査のため、ウルフは潜入を続けることになった。今は続報待ちだな」

 ジャガーの言葉の半分は、シュッツェには聞こえていないだろう。


「……ウルフって人は大丈夫なのか?」

 ようやく口にした言葉は、赤の他人を案じるものだった。


「大丈夫。あいつは潜入が専門だ。さっきも言ったけど、今は逃げることに集中してくれ」


「……わかった」

 シュッツェは素直に頷く。ここでジタバタしても仕方がないと、理解していた。


「あ、そうだ」と、ジャガーはブレーキを踏む。

 急停止した反動で、シュッツェは前のめりになった。


「危なっ。……運転荒い!」


「まだ時間あるか」

 不満の声を聞き流し、ジャガーは懐中時計を見た。


「降りてくれる?」


「はい?」


「いいから」

 シートベルトを外し、ジャガーは降車した。なぜか森へ入って行く。


「ちょっと──」

 慌てて、シュッツェはあとを追う。


 振り返ったジャガーは、唇に人差し指を当てた。

 目の前にある木を見た瞬間、シュッツェは喉を鳴らした。


 木の幹に人間が二人、縛り付けられている。

 数十分前、拘束されたビエール兵たちだ。


 兵士に近づき、ジャガーは手を動かす。

 それは一瞬のこと。呻き声が消え、兵士がうなだれた。


「解いて」

 同時に、シュッツェを手招きで呼んだ。


「……はい?」


「予定変更だ。そっち任せたぞ」

 大柄な兵士を担ぎ上げ、ジャガーは車へ戻る。


 仕方なく、シュッツェは小柄な兵士を担いだ。

 小柄といっても体格はいい。必死の形相で車まで引きずる。


「麻酔を打ったから、しばらくは起きない」

 サイドブレーキを下ろし、ジャガーはアクセルを踏む。


「物騒な……」

 シュッツェは、胡乱うろんな目つきだ。


「野戦病院じゃ、暴れる患者に打つなんてザラだ。……知らない?」


「……知らないよ。本当に何者?」


「言っておくけど、俺は殺し屋じゃないからね」


 水飛沫みずしぶきを盛大に上げ、車は林道を抜ける。

 シュッツェは、舌を噛まないように必死だ。


 視界が開けたと同時に、ハイルング市の建物が見えた。

 首都に次ぐ大きな街だ。城を訪れる観光客のためにホテルが立ち並び、土産物屋が軒を連ねる。


 現在は北と東の国道を残し、小さな道は封鎖されている。

 市内へ入るには、検問を突破しなければならない。


「街に入るのか?」

 シュッツェから、強張った声が上がった。


「そう。さぁ行くよ」

 検問で停まるなり、ジャガーは再び降車した。


 敬礼もせず慌てた様子で、兵士に声をかける。

 二人の兵士が座る、後部座席のドアを開けた。


 何も知らない兵士から、驚きの声が上がる。

 何事かと、数人の兵士が集まった。

 敵に囲まれたシュッツェは、立っているのがやっとだ。


 一人が詰所へ戻り、無線に怒鳴る。

 兵士がバリケードを開け、急げと言わんばかりに手を振った。


「病院に行くぞ」

 ジャガーは、車を発進させた。


「病院? 寄り道が多すぎるだろ……」

 眩暈めまいと頭痛に加え、シュッツェは胃痛を覚えた。

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