任務開始②

「何!?」

 刮目した兵士たちは、同時に怒号を上げた。


 荷下ろしを中止し、一斉に石橋へ。

 最上階──三階中央の窓から、ロープのような物が垂れている。


「嘘だろ」と、誰かが呟いた。


「応答せよ。こちら、正面入口のドミトリー。シュッツェが逃亡した! ……何!?」

 顔を真っ赤にし、ドミトリーは怒鳴る。


「レーヴェもいないだと!? クソッ! なんてこった!」

 スラングを発し、無線機を握りしめた。


 ここが仕掛け時だ。ジャガーは、ウルフと目を合わせた。


「先輩。俺たちも捜索に加わります」


「あぁ……」と、ドミトリーは生返事だ。


 駆け足で、ウルフと車に戻る。

 鍵を抜き、後部座席から麻袋を引っ張り出した。


 荘厳なエントランスホールに、二人は足を踏み入れる。

 どこから湧いてきたのか、兵士たちが次々と階段を駆け上がった。


「クソ! どこにもいない!」


「こっちもだ!」

 クローゼットや扉を雑に開ける音が、下階にまで響いた。


 その時、無線にノイズが走る。

 静まり返り、通信兵に視線が集中した。


『アレクサンドルより、森へ走るシュッツェを見たとの報告! 城外担当の兵士は、すぐに追え! 残りは引き続き、城内の捜索と警戒を続けろ!』


 無線が切れるなり、兵士たちが四散した。

 残ったのは三人の兵士と、二人の侵入者。


「外……?」

 ジャガーは窓を見やり、首をかしげた。


 ウルフとアイコンタクトを取り、問題の部屋に入る。

 

 まず目に入ったのは、キングサイズのベッド。

 毛布とシーツは剥がされ、マットレスが剥き出しだ。

 まだ使われていない暖炉も大きく立派。

 生活感のない部屋だが、この城で一番広い間取りだろう。


「これだけ捜しても見つからないってことは、やっぱり外に逃げたのかな」

 不安そうに、若い兵士が呟く。


「シーツと毛布を裂いて、鎖編みにして強度を高めたんだ」

 ジャガーは、ベッドへ歩み寄る。

 かがみ込むと、括り付けられたロープを手に取った。


 シーツや服でロープを作る手段は、火事や監禁で使用される。

 しかし、結び目が解けたり、加重や摩擦で破けることも。


「途中までは手製のロープを使って、この断崖を滑り降りたんだろう。最悪、怪我してるかも」

 ジャガーは窓から顔を出し、眼下に広がる森を見た。


「このロープは引き上げておくよ。──っと」


 石橋から、ドミトリーが見つめている。

 ここにはいない。と身振り手振りで教え、ジャガーは窓を閉めた。


「レーヴェも逃げたって言ってたな。どこの階だ?」


「二階に下りて、すぐの部屋だ。……俺たちはもう一度、捜しに行ってくるよ」


「あぁ、ここは任せろ」

 

 落胆した兵士たちの背を、ジャガーは見送った。

 足音が聞こえなくなったのを待って、ウルフは扉の前に立つ。


 改めて、ジャガーは部屋を見回した。


 クローゼットは扉が開いたまま。

 洗面所や浴室も、隠れるような場所はない。

 大人が通れるような、通気口もない。


 しかし、これは盲点だろう。

 ありえないと、無意識のうちに除外する場所──暖炉。


 ジャガーは、炉室ろしつに手を突っ込んだ。

 隙間風を防ぐダンパーを、手の甲で叩いた。


「そこにいるんだろ? 出てきてくれる?」

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