腹が減っては
霧雨が降っている。音のない、静かな雨だ。
窓辺に椅子を寄せ、アインは外を眺めていた。
壁時計の針が、午前六時を回る。数分後、扉が叩かれた。
「おはよ。飯、少しでいいから食べな」
湯気の立つトレーを片手に、アウルが入ってきた。
「わざわざ持ってきてくれたのか?」
出迎えたアインは、目を丸くする。
昂った精神は、カモミールティー程度では鎮められない。
アインの眠りは、意識と
今の精神状態では、空腹を感じるはずもない。
朝食に呼ばれるも、断ってしまった。
「アナベルさんが気を遣ってくれた。腹が減ってると、マイナス思考になるぜ?」
アウルはミニテーブルを引き寄せ、トレーを置く。
野菜スープに、1/3サイズに切られたバケット。
そして、牛乳たっぷりのカフェオレ。
朝食にしては少量だが、アインの体調を考えてのことだろう。
「ありがとう。頂くよ」
キュルル。とアインの腹が鳴る。
食べ物の匂いに、空腹を感じたらしい。
クローネ語で食事の挨拶を呟き、スプーンを手に取った。
「それ、どういう意味?」
窓の外を見ていたアウルが、首をかしげた。
先ほどの、挨拶に疑問を持っているのだ。
「『良い食事を』の意味。君の故郷では、そういう習慣はないのか?」
「俺、まともに
「ジャガーって、ネコ科の動物のこと?」
バケットをちぎる手を止め、アインは首をひねる。
「違うよ。ただのコードネーム」と、アウルは笑った。
「今、兄妹を迎えに行ってる奴の名前。俺が所属する分隊の隊長さ」
「安心したよ。隊長ってことは、かなりの腕利きなんだろうね。……『ジャガー』か。物騒な名前だ」
アインは、視線を天井へ向けた。
「確か、シャムロック大陸で『一突きで殺す者』。という意味だったかな」
「へぇ、よく知ってるじゃないか。でも、そんなに怖くない。気さくでいい奴」
ちょっとガキだけど。とアウルは茶化した。
アインは朝食を平らげ、カフェオレを一口すする。
「美味しい」と、頬を緩めた。
「さぁ、これから大仕事だ」
カップが空になったのを見届け、アウルは膝を叩く。
アインより先に、トレーを手に取った。
「いいよ、自分で返しに行く」
「気にすんな。身支度を整えて、七時にエントランス集合な」
片手を上げ、アウルは部屋を出て行った。
懐に潜り込まれてしまったと、アインは自嘲した。
職業柄、警戒心は強い。それ以上にアウルは一枚、
椅子から立ち上がり、ベッドに寄った。
ウッドランド迷彩を基調とした、セルキオの軍服。
これから最難関に直面する。たとえ突破しても先は見えない。
しかし、この先に兄妹が待っているのなら──。
アインには、引き返すという選択肢はなかった。
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