一筋の光明

「ようこそ」と、男が立ち上がった。


 でつけた白髪に、ヴァン・ダイクと呼ばれるひげ

 かなりの老人に見えるが、姿勢はよく気品が漂っている。


 男の名はサミュエル・ガルシア。

 外交使節団の長で、最上の階級である『特命全権大使』の肩書を持つ。


「お久しぶりです」

 アインは、力強く握手を交わす。


「最後に会ったのは、大公の葬儀だったね。……今回の件は、本当に気の毒だ」

 言葉に迷っているらしく、サミュエルはためらいがちに言う。


「アナベル、彼らに温かい飲み物を」

 客人が座ったあと、年配の女に目配せをした。


 その顔にアインは見覚えがあった。サミュエルの妻だ。


「さてと、アウル君。フェヒター君にはどこまで説明を?」


「大まかな状況は把握してくれました。ちなみに公女付きの警護官も救出予定でしたが、彼女には家族がいるとフェヒターさんから伺いました。なので、予定を変更しています」

 

 人が変わったような口調のアウルを、アインは二度見した。


「フェヒター君。かいつまんで話をさせてもらう。セルキオはアウル君が所属するIMOの要請を受け、協力することとなった」


「はい。……IMO?」

 聞き間違いだろうと、アインは身を乗り出す。


「ベイツリー共和国の傭兵組織ですか? まさか、ベイツリーがクローネに協力を?」


「公女殿下が、IMOへ助けを求めたことは聞いているかな? 私はIMOの総司令官と旧知の間柄でね。セルキオ大使館で君を保護するよう、仰せつかったというわけだ」


「そうでしたか」


「この騒動に介入できるのは、IMOしかいないだろう。……セルキオ人としては複雑な心境だが」

 サミュエルはうつむき、両手を組む。


 セルキオは、かつて傭兵の国だった。

 過去の戦争では重宝されたが、代償はあまりにも大きかった。

 時代の変化とともに、セルキオは傭兵を廃した。

 現在も、傭兵に対する偏見は根強い。


「IMOはどこの国よりも、迅速に行動に移せるのが売りです。と総司令の受け売りを言っておきます」


「これは痛い返しだ」

 アウルの揶揄やゆに、サミュエルは声を上げて笑う。

 

「『同盟国は何をしているんだ?』とストレングスにも言われたよ。しかし──」

 言葉を切ると、アインを見た。


「すでに各国は抗議の声を上げてはいるが、行動に移せない。……ザミルザーニがビエールの背後にいる以上、簡単に手が出せない」

 

「やはり、問題は帝国ですか……」

 まぶたを押さえ、アインは力なく頷く。

 

 言葉に詰まっていると、アナベルが台車を押し客間へ戻ってきた。


「お待たせしました。外は寒かったでしょう?」

 湯気の立つカップを置き、アナベルは微笑む。


「これは……。カモミールですね。ありがとうございます」

 会釈で応え、アインはカップを手に取る。

 リラックス効果のある、清々しい香りのハーブティーだ。


「この先、君たちが元の生活に戻れる可能性は低いだろう」

 抑揚よくようのない声で、サミュエルは言う。


「……承知しています」

 カップに映る自身の顔を見つめ、アインは頷いた。


「もし、君が結末を見届ける勇気がないのであれば、クローネに残る選択肢もある。……どうする?」


「……正直、私は不安でたまりません」

 少し経って、アインは呟く。

 気弱な言葉とは裏腹に、大使を真っ直ぐに見つめた。


「ですが、このままで良いとは思っていません。主君が抗っているのなら、私も最後まで抗います」

 水色の目に、迷いや恐れは一切ない。 


「君なら、そう言うと思った」と、サミュエルは歯を見せた。

 その表情は、豪胆な野心家を思わせる。


「話は決まったな。では明朝、セルキオへ向かおう」


「明日ですか!?」

 アインは、頓狂な声を上げた。


「クローネ在住のセルキオ人は、すでに国外へ避難させました。そして、大使召喚の令が本国より出されています。在クローネ・セルキオ大使館は、明日より無期限閉鎖となります」

 サミュエルに代わり、クレモンが補足した。


「明日、帰還用の特別列車が運行します。その際、お二人にはセルキオ兵に変装して頂き、クローネを脱出する計画です」


「そんなことが──」


「可能です。現にアウルさんは、特別列車に乗って入国しました」

 

「そ。俺はちゃんと、合法の手段で入国したんだぜ? 不法入国なんて、ナンセンスだ」

 ソファにもたれ、アウルは得意げだ。


「兄妹の救出も抜かりはない。俺には敵わないけど、それなりに優秀な奴が向かっているから」

 止まらない軽口かるくちに、アインはため息を吐いた。


「ただ俺と違って、泥臭い潜入方法だ。……今頃、どっかの森を駆けているだろうさ」

 振り子時計を見つめ、アウルは口角を上げた。

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