4.一瞬の凪

 見上げた空は、ひどく青い。

 ひつぎが濡れずに済むと、兄妹は安堵した。


 首都の大通りを、柩を乗せた馬車が走る。

 歩道には、黒服に身を包んだ民衆たち。


ーーついに来てしまった、父との別れの日が。

 シュッツェの脳裏に蘇るのは、たった数日間の出来事。



 臨終のあと、父はストレッチャーに乗せられた。

 レーヴェのすすり泣きと、車輪の軋む音。

 遺体を囲む看護婦たちが、遠ざかる。


 シュッツェは憲兵学校へ戻り、教官に報告した。

 いくつもの視線が、寮を出る時まで貼りついていた。


 市街地を見下ろす実家ーーハイリクローネア城は、主人を失った。

 そのせいか。廃墟のような、時間が止まった空気を纏っている。

 黒服に着替え、病院に戻る頃には、落ち着きを取り戻していた。


 霊安室で対面した父は、すっかり別人になっていた。

 『死』を感じ取り、シュッツェの手は震えた。

 やっとの思いで、触れた頬は冷たく、肌は張りがない。


 その後、遺体は大聖堂へ。

 国内外から、駆けつけた弔問客の列が、途絶えることはない。

 

 弔問客には、首相に閣僚に議員。行政区長に国家憲兵局長。

 両親の親族に、兄妹の友人。

 さらに隣国からも、首脳や王族が訪れた。


 遠方からの弔電も、あとを絶たない。

 対応に追われ、父が死んだことを忘れていた。



 柩掛けの国旗が、風に揺れた。

 青と黒の二色の間に、描かれた王冠。


『常に空は青く。たとえ空が黒くとも、王冠は星のように輝く』

 それが、国旗に込められた思い。


 肩車された少女が握る、小さな旗。

 旗の裾を握りしめ、肩を寄せ合う男女。

 旗を胸に抱き、祈りを捧げる老夫婦。

 民衆の中から、いくつもの旗が、誇らしげに揺れていた。


 葬儀は淡々と、滞りなく進んだ。

 霊廟まで続く道が終われば、父との永遠の別れ。


 前を見据える、兄妹の目は力強い。

 子供ではなく、公世子こうせいしと公女として、気丈に振る舞っている。

 それが、国民に見せるべき姿だと信じて。


 葬儀が終わっても、レーヴェは墓前から動かなかった。

 その肩を、シュッツェは慰めるように叩いた。

 兄が妹にできる、唯一の不器用な優しさだった。


 泣き腫らしたわけでもないのに、シュッツェは清々しさを覚えていた。

 葬式など、儀式にこだわってばかりで面倒だと、思春期は思っていたのだ。


 だが、葬式は故人のためではない。

 残された者が、未練を断つために行うのだ。

 ひねくれ少年も、少しは成長したらしい。


「母さん。父さんもそっちへ行ったよ。会えるといいね」

 去り際に、シュッツェは墓標に呟いた。

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