3.国際傭兵組織

「では、承った依頼は解決ということで、よろしいですか?」

 書類から顔を上げ、ディア・エヴィエニスは微笑んだ。


「ええ、これで一安心です。本当にありがとうございます」

 向かいに座る政府高官は、勢いよく頭を下げた。


 国際傭兵組織(International Mercenary Organisation)

 略して『IMO』。ベイツリー共和国お抱えの、傭兵組織だ。


 字面から、筋骨隆々の男たちの組織だと、誰もが思うだろう。

 しかし、外交役として訪れたのは、金髪碧眼の美女。


「では、こちらをどうぞ」

 高官は、アタッシュケースを持ち上げた。


 もちろん、中身は報酬だが、申し訳程度の札束だ。

 討伐対象は、シャムロック大陸で最大規模を誇る過激派組織。

 その一派を抹殺した功績からすると、あまりにも安い金額だろう。


 だが、発展途上国のカクトゥスに大金はない。

 困り果てた大統領は、IMOに秘密裏に依頼した。


「今回の件は、敵対している組織の仕業に偽装してあります」

 ですが。とディアは続けた。


「まだ油断はできません。ですので、今後も要請があれば、IMOは協力する方針です」


「ありがとうございます。こちらは、大統領からの親書になります。司令官殿にお渡しください」

 高官はケント紙の封筒を、うやうやしく差し出す。


「お預かりします。前にも申し上げましたが、契約書は厳重保管をお願いします」


 今回の件は、大統領と副大統領。

 そして一部の閣僚と、高官にしか知られていない。

 議会を通せば、反対の声が上がるだろう。


「ですが、大統領の英断には感銘を受けましたと、上の者が申しておりました」

 ディアのフォローに、高官は笑顔を浮かべた。


「では、失礼します」



 総務局を出た頃には、日が傾き始めていた。

 ディアの視線の先には、一台の車。


「おかえり」

 運転席のアウルが、嬉しそうに手を振った。

 

 車体にもたれていたウルフが、後部座席のドアを開ける。


「どうだった?」と、ジャガーが口を開いた。


「任務完了よ。とても喜んでいたわ。これ、今回の報酬」


「このご時世に、現金払い?」

 運転席から上体を捻り、アウルは目を瞬かせる。


「そりゃあ、大統領の署名が入った小切手なんか、貰える訳がないだろ。帰り道に気をつけなきゃねぇ」

 物騒な言葉と共に、ジャガーはケラケラと笑った。


「その金、どっからだろうな?」


「税金でしょ」

 頭を揺らし、ジャガーは窓を見た。

 通り過ぎる街に、強烈な西日が降り注いでいる。


「そうだ。大統領からの親書を預かったの。結局、会えずじまいだったわね」

 ディアはバッグを漁り、封筒を取り出した。


「今は州知事戦前だから、大統領はそっちにご執心だろうね」

 無言だったウルフが、不意に呟く。


「いただき!」と、ジャガーが封筒を掠め取った。


「あ、コラ!」

 ディアは手を伸ばすも、失敗に終わる。


「なになに……。

 我が国は五年以内に軍を解体し、非武装国として新たな道を歩むつもりです。

 ですが、その道は非常に険しいことも事実です。

 恥ずかしながら、我が国の軍や警察は、近年の過激派やマフィアと渡り合える武器も力もありません。

 今後しばらく、ベイツリー共和国に介入いただきたく存じます」


 読み終えたジャガーは、小さなため息を吐いた。


「へぇ、カクトゥスにも駐在軍を配備ね。オヤジの株がまた上がるな」

 アウルの大きな目が、さらに見開かれる。


「シャムロック大陸も、ベイツリーに支配される日は近いな」


「そうだな」

 頷いたジャガーの目には、憂いの光が帯びていた。


「まぁ、大きな仕事が終わったんだ。今日は打ち上げでも……。いや、オヤジが来るんだった」


「ったく、何の用で来るんだろうな?」


「面倒だね」


 男たちの陰鬱な口調に、車内の空気が重たくなった。


 車は市街地を抜け、荒野に続く国道を走る。

 道路標識には『この先 国境検問所』の文字。


『IMOシャムロック大陸方面・エスペランサ支部』まで、もう少し。

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