第8-4話 君の目的は一体……

 ここは「鈴木」を拘束している部屋から少し離れた、やはりコンクリートの打ちっぱなしの無機質な部屋だ。

 その少女は「鈴木」と同様、部屋の中央の床に固定された椅子に拘束されている。もちろん両手は後ろ手にされ、手錠がかけられているのだった。

 唯一違う点は、少女は目隠しをされていることだ。

「伊藤」と呼ばれていたこの少女のスキルは「伊奘冉イザナミ」。

 先の戦闘で凸守でこもりたちが体験した限りでは、見たものを瞬時に移動させることができる能力のはずだ。

 つまり迂闊に「伊藤」の視界に入ってしまうと、どこに飛ばされるかわかったものではない。

 そのため目隠し用のアイマスクを装着しているというわけだ。

 凸守でこもりは少女に触れ、記憶を呼び戻す。

 しばらくすると、少女の頭がピクンと動く。

 辺りを見回すように首を動かすが、目隠しをしているため、見えるはずもない。

「目が覚めたか?」

 栗花落つゆりが声かけると、「伊藤」は体を震わせ、声が聞こえた方から遠ざかるように体をよじる。

「自分の名前を言ってみろ」

「伊藤」は体をふるわせながら、激しく頭を左右に振っている。

「どうした? 思い出せないのか」

 栗花落つゆりが手を伸ばすと、その気配を感じたのか、「伊藤」の表情が恐怖に歪む。

「きゃああああああ!」

 明らかにパニック状態だ。

 強引に椅子から立ち上がろうとしている。だが、華奢な少女が暴れた程度で拘束具が外れるわけもない。


 栗花落つゆりが口を開きかけたその時だった。

 ドアが勢い良く開けられる。

 私服の警察官だった。

栗花落つゆり警部! 敵が来ました!」

「何⁉︎」

 部屋を出て廊下を見渡す。

「鈴木」を拘束している部屋の前にいた私服警察官が真っ赤な炎で燃え上がるのだった。

「どけよ!」

 乱暴に背後に投げ飛ばされてしまう。

 そして開けられたドアから顔を出したのは、金髪頭に耳と鼻にはピアス。それからスカジャンにジーンズといった、街中にいる少しヤンチャそうな男だった。

「よう! 『鈴木』さん! つかまちっまったんだってな!」

「やあ『田中』くん。面目ない」

「今助けてやるから──」

 次の瞬間、「田中」と呼ばれた男は後ろに吹っ飛ぶのだった。

 正確には蹴り飛ばされたのだ。

 この状況にいち早く反応したのは栗花落つゆりだ。

 雷属性を2つ同時に発動させる「瞬神」だ。

「トツ! 頼む!」

 敵から目を離さず指を差す。その指の先には先ほど燃やされた刑事が横たわっているのだ。

 凸守でこもりは水属性で火消しに回る。が、消えない!

 慌てて駆け寄りダブル闇属性を発動させて、ようやく消し去ることができたのだった。

「義兄さん! コイツは『神威カムイ属性』の使い手だ」

「そのようだな!」

 言い終わらないうちに、すでに栗花落つゆりは「田中」の目の前に移動していた。

 体制を崩している「田中」に向けて、栗花落つゆりは右手の電流を叩き込もうと手を伸ばす。

 ところが──

「風属性 疾風スキル発動!」

「田中」の口から吐き出された風が電流を消し去ってしまうのだ。

「知ってるよな? 雷属性は風属性に弱いって」

 栗花落つゆりはすかさず左手に電流を発動させ手を伸ばす。がら次に「田中」は、

「『神威カムイ属性 軻遇突智カグツチ発動!」

 部屋全体が真っ赤な炎に包まれるのだった。

 凸守でこもりは手当たり次第に炎を消して行くが、これではラチが開かない。

「ダブル闇属性 闇の渦スキル発動!」

 両手に現れた真っ黒の渦が辺りの炎を吸い込んでいくのだった。

 すべての炎を消し終えた時には、息が上がっていた。

「義兄さん、大丈夫ですか」

「ああ。そっちはどうだ」

「な、なんとか……」

 脇腹を押さえる。少し熱を持っているため!もしかすると傷口が開きかけているのかも知れなかった。

 栗花落つゆりは例の冷静になるための前髪を直すルーティンをしている。

「『軻遇突智カグツチ』とやらは、『天照アマテラスに比べると攻撃範囲は広いが火力は弱いな」

 対火属性用の警察支給のスーツはほとんど焼かれてはいなかったからだ。これが「天照アマテラス」なら、皮膚まで炎が届いていただろう。

「だが、水属性で消せないということは、単なる火属性ではないようだ。『神威カムイ属性』とのたまわるのは、ハッタリじゃなさそうだな」

「おそらくこれは、火属性と風属性を掛け合わせてるんだと思います」

 栗花落つゆりの眼鏡の奥で、目が険しくなっていた。

「掛け合わせられるのは同じ属性だけだろ」

「以前に戦ったことがあるんです。その男は確か土属性と水──」

 地面がわずかに盛り上がっているのだ。

「『神威カムイ属性 阿夜詞志アヤカシスキル発動!」

 足元が泥になるが、間一髪凸守でこもりたちはかわすことができたのだった。

「おっさん! 遅えよ!」

「田中」がそう言った相手は、ずんぐりとしていて、ライダースジャケット着た中年男だ。

 禿げ上がって油ぎったその顔には見覚えがある。

「高橋」だ。

「るっせえなァ! てめえのあのローソクみてぇなショボイ火のせいだろうがよォ」

「おい!」

 歪み合う2人に凸守でこもりが声をかけると、揃ってこちらを向いた。

「『高橋』。何でお前がここにいる。お前は警察署に捕まってるはずだろ」

「オレが助すけてやったんだよ」

「ざけんなァ! 余計なことをしなくても1人でシャバに出られたんだよォ」

「「田中』くん。『高橋』さん。そのへんにしておきましょう」

 2人の背後から「ある人物」が出て来た。

 その人を見た瞬間、凸守でこもりと=栗花落つゆりは目の前にある光景が信じられず、思わず固まってしまうのだった。

 凸守でこもりは絞り出すように言った。

「よ、よう……」

 間違えるはずはなかった。

 そこにいたのは、死んだはずの妻だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る