第8-5話 君の目的は一体……(第1部完結)

「も、もう終わったんですか……」

 そっとドアが開かれると、小鳥が顔を出した。外が静かになったため、様子が気になったのだろう。その後ろから美兎もついて出て来た。

 小鳥は忙しなく左右を見渡たして一応の安全を確認すると、ゆっくりとドアから体を出す。

「トツさん?」

 探偵の背中に、恐る恐るといった感じで声を投げかける。が、反応がない。

 不審に思った小鳥はまた1歩2歩と歩を進めると、ピタリと足を止めるのだった。前方にいる人物を見て息を呑むのだった。

「嘘……」

 かすかに体を震わせる。

「どうかしたのか、小鳥」

 続いて出て来たのは美兎だ。彼女もまた、前方に視線を向けた途端、絶句するのだった。

「ま、まさか……」

 千鳥足で部屋から出て来ると、口からこぼれた、といった感じでこう言ったのだった。

「は、博士……どうしてここに?」

 全員が美兎を見た。

「何を言ってる!」

 真っ先に反応したのは栗花落つゆりだった。

「『あの人』が博士なはずがないだろう!」

 凸守でこもりは頭を抱える。

(妻が──ようが博士だと? 彼女が『別天津神ことあまつかみ計画』を主導していた博士だというのか……》

「お前たちに問う」

 ようは真っ直ぐに凸守でこもりを見つめていた。

 長い髪に憂いを帯びた、少し吊り上がったアーモンド型の目。弓形に整えられた眉。上唇よりもやや肉厚な下唇──

 どこからどう見てもようでしかない。

「お前たちは《どちらに》つくんだ。この国か? それとも我々『八咫烏ヤタガラスか? 今この場で選べ」

 沈黙が訪れた。

 目の前にある光景が信じられなかったのはもちろんだが、ようからのこの問いに即決できないでいるのも確かだった。

 どんな理由があろうとも、人の命を奪ってはならない──頭ではわかってはいるが、「別天津神ことあまつかみ刑事」で行われてきたことを考えると、果たしてこの国には守る価値があるのだろうか、と考えてしまうのだ。

 まして「鈴木」の話を鵜呑みにするのであれば、「神威カムイ属性」でSSSスリーエスランクのスキルの持ち主は何かしらの過酷な状況に追い込まれているのだ。

 ということは妻もまた──

「我慢ですね」

 そう言ったのは栗花落つゆりだ。

「わたしは警察官になった時から、この国を、そしてこの国の国民の生命を守るために人生を捧げると誓った。その気持ちに一点のブレもありません」

「相変わらずの堅物ね。お兄さん」

 ようは髪の毛をかき上げる。

「じゃ、他の人はどう?」

 凸守でこもりはドキリとした。ようと目が合ったからだ。仕草といい姿形といい、見れば見るほど妻にしか見えない。

 凸守でこもりは自分に(冷静になれ)と必死に言い聞かせる。それでも心が揺り動かされてしまう。

(おそらくそれも、奴らの作戦なんだろう……)

 凸守でこもり栗花落つゆりをはじめ、小鳥や美兎を見回る。

「みんなの目には、一体誰が見えてる?」

 全員が怪訝な表情を作る。

「トツ。どういうことだ」

「これはおそらく、見る人間によってさまざまな幻を見せるスキルなんだと思います」

「何⁉︎」

「俺には妻のようが見えています。義兄さんは?」

「祖父だ」

「僕は死んだはずの母ちゃんが」

「ワタシは言った通り博士だ」

「わ、私は……」

 どういうわけか、小鳥が言い淀んでいる。だが、この時の|凸守にはそのことに気がついてやる余裕はなかったのだった。

「やはりそうか。これは人によって見える人間が違うんだ」

 すると「チッ!」という舌打ちが聞こえた。どうやら「高橋」のようだ。

「チンタラしってからだろォ! 手品がバレちまったじゃねぇかよォ」

「だから黙れよオッサン!」

 次の瞬間、大きな爆発音。

「鈴木」がいた部屋の方だ。

「トツさん」

 不意に名前を呼ばれ、振り返った|凸守は目を見張る。

 ようが自らの頭に拳銃を突きつけていたのだった。

 悲しそうな表情を作ると、口をパクパクさせていた。


 アナタ ノ セイ ダカラ ネ──


 響く銃声。

 ようの頭から脳の一部が飛び散り、血飛沫があたりを赤く染める。糸が切れた操り人形のように、ようはその場に倒れるのだった。

「ダブル闇属性 闇の渦スキル発動!」

 部屋の中に充満した邪気はたちまち凸守でこもりの手の平に吸い込まれていく。

 凸守でこもりたちはみな、一度はその場に膝をつきそうになる。が、闇属性のスキルで幻を吸い取ると、すぐに立て直すのだった。

「なんですか、これは⁉︎」

 法華津ほけつはあたり見回す。

「おそらく精神的ダメージを与えるスキルなんだろう」

「なんだって⁉︎」

 |栗花落も眉根を寄せているのを見て、凸守でこもりはうなずく。

「自分に関係する人物が見えていたはず。そしてその人は自殺しませんでしたか?」

「ああ」

「びっくりしましたよ。いきなり母ちゃんが包丁を持って首に当ててたんですから」

「自ら命を断つ姿を見せられたら、誰だって平静ではいられない。それによって精神を崩すのがこのスキルの目的だと考えて間違いない」

「おいおい!」

 声を上げたのは「田中」だ。

「まったく闇属性ってのは厄介だな!」

「でもよォ。1回発動したってことはよォ。次は6秒経つまで闇属性は発動できないんだろォ」

「だな。てことでオッサン、やるぜ」

「指図すんなよォ」

「『神威カムイ属性 軻遇突智カグツチ発動!」

「『神威カムイ属性 阿夜詞志アヤカシスキル発動!」

 広範囲の炎の泥が押し寄せて来る。

(マズイ! 闇属性はまだ発動できない!)

 凸守でこもりはとっさに小鳥に覆いかぶさる。栗花落つゆりは全員の前に立って雷属性を両手に発動させる。

 だが相手は「神威カムイ属性」のスキル。おまけにそれが同時に2発同時に発動したもなれば、防ぐことはほぼ不可能に近い。

 致命傷を覚悟したその時だった。


神威カムイ属性 玉依姫タマヨリヒメスキル発動!」


 凸守でこもりたちを大きなが包み込むのだった。

 真っ赤な炎と泥が襲ってくるが、カプセルはビクともしない。

「こ、これは……」

 振り返ると、1番後ろで両手を合わせ、まるで拝むような格好をしている美兎がいた。

 凸守でこもりはそんな彼女を眉根を寄せて見ていた。

小比類巻こひるいまき博士、アンタも『別天津神ことあまつかみ計画』で生まれた子供だったのか……」

 美兎の視線はそこにいる仲間たちを超えて、前を見据えている。

 凸守でこもりたちもまた向き直るのだった。

「なんなんだよぉ!」

 口惜しそうにしているのは「高橋」だ。わかりやすく地団駄を踏んでいる。

神威カムイ属性のバーゲンセールじゃねぇかよォ。どいつもこいつもよォ!」

「面白れぇじゃん」

 不適な笑みを浮かべているのは金髪の「田中」だ。

「それでこそ叩き潰す甲斐があるってもんだぜ」

「そんな呑気なことを言ってる場合かよォ。面倒なことになるんだからよォ」

「簡単に終わったんじゃつまんねぇだろうが」

「ならテメェが1人でやれよォ」

 この2人のいがみ合いはもう見慣れたもので、誰もそちらの方には注目していない。むしろ凸守でこもりたちがほぞを噛んでいたのは、彼らの後ろにいる男のことだ。

「ではみなさん。一先ず、退散させてもらうとしますか」

「鈴木」だ。

 立ち去る時、「田中」は自分の両目を指差し、それを凸守でこもりたちに向けた。つまり「ずっと見てるからな」といったところだろう。

 それに対して「高橋」は呆れたように頭を振っていた。

八咫烏ヤタガラス」たちがここを襲ったのは、「鈴木」を取り戻すためなのだったというわけだ。

 栗花落つゆりが「玉依姫「タマヨリヒメ》」スキルで作られたカプセルの壁を叩いた。

「ここから出せ! 奴らに逃げられてしまうぞ!」

「ダメだ」

 美兎は至って冷静そのものだった。

「向こうには少なくとも1人、得体の知れないスキルを使う者がいる。今追いかけても犬死にする可能性が高い」

 つい先ほど凸守でこもりたちが見せられた幻のことを言っているのだろう。

「ここはまず、立て直すことが先決だ」

 完全に「八咫烏ヤタガラス」たちの姿が見えなくなると、美兎はまた手を合わせた。すると「玉依姫タマヨリヒメ」で作り出したカプセルは消えるのだった。

 すぐに栗花落つゆりは「鈴木」がいた部屋の中に入る。

 壁に大きな穴が空いていた。

 爆発音は爆発物で壁を破る時の音だったのだろう。

 倒れている警察官たちの脈を取る。まだ息があるようだ。

「こちら栗花落つゆり警部。大至急、救急車をたのむ!」

 凸守でこもりたちは、手際良く動く栗花落つゆりを見守っていると、「それにしても」と美兎は言った。

「よく気がついたな、探偵。人によって見えているものが違うと」

「義兄さんの反応がおかしかったからな。らもしも俺と同じように妻が見えてるなら、敬語で話すのは奇妙だと思ったんだ」

 法華津ほけつは手を打った。

「そうか! ツユさんにとっては妹さんですもんね。敬語は変ですよね」


 と、その時、悲鳴が上がる。


 凸守でこもりたちは慌てて元いた場所に戻る。

 小鳥がその場に膝をついて、体を震わせているのだった。

 しかも単に震えているのではない。明らかに様子がおかしい。

 どんどん体の震えが大きくなる。


「ああああああああああああっ!」


 およそ小鳥の口から出たとは思えないほどの叫び声だった。

 白目をむき、口から泡を吹き出した。

「こ、小鳥! どうした⁉︎」

 そさてそのまま床に突っ伏してしまうのだった。

「小鳥! 小鳥!」

 何度呼びかけても、小鳥は目を開けることはなかった。

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