第8-3話 君の目的は一体……

「デタラメを言うな!」

 また電流を帯びた右手で「鈴木」に触れようとする。

栗花落つゆり警部!」

 3人の警察官が雪崩のように間に入って来るのだった。

 必死の形相で「鈴木」の前に立ちはだかる。

「これ以上は!」

「警部! 死んでしまっては情報を聞き出せなくなりますよ!」

 しばらく睨み合う警察官たち。

 まさに一触即発といった状態だ。

 ただ、止めに入った警察官たちも不本意な気持ちを抱えているのは明らかだった。3人共、歯を食いしばり、ワナワナと全身を震わせているのだ。

 当然だろう。

 自分たちの背中で守っているのは、自分たちの仲間を殺めた者なのだから。

 今にも振り返り、殴り飛ばしてやりたいはずだ。

 栗花落つゆりもまた、彼らの無念さは十分に理解していたのだろう。いや、凸守でこもりたちよりも遥かに心中を察していたに違いない。

 口惜しそうではあったが、やむを得ず矛を収めるしかなかったのだった。

 唇を噛みしめながら「鈴木」に一瞥をくれる。

「命拾いしたな。任務に忠実な私の仲間に感謝してとけよ」

 捨て台詞を吐くものの、当然そんなことでは怒りは鎮まるはずもない。コンクリートの打ちっぱなしの部屋の中をイラついたように歩き回る。

「鈴木」はさも愉快だと言わんばかりに両肩を揺りながら、挑発を続けるのだった。

「確か栗花落つゆり一家は『正義の人』などと言われてるんでしたよねぇ。

 まったく世間をうまく騙したものです。

 裏では鬼畜の所業を行ってるというのに」

「ナメるなよ。カスが!」

 壁を蹴り上げる。

「貴様こそ、何人の人間を殺して来たんだ!

 すべてが終わったら、必ず死刑台に立たせてやるからな!」

 警察官たちが再び止めに入ろうとする。が、栗花落つゆりはそれを手で制するのだった。

「大丈夫だ。こんな奴を殺してしまうほど私は愚かではない」

 ふぅ、と大きく息を吐いて前髪の乱れを直す。これは自分の気持ちを沈めるためのルーティンのようだ。

「さっき貴様は、私の祖父が『別天津神ことあまつかみ計画』を発案者だと言ってたな」

「ええ」

「なぜ私の祖父がそのような鬼畜の組織を作る必要があるんだ」

「正義の人だからですよ」

「何⁉︎」

「資源のないこの国が生きていくためには、外国からの輸入に頼らざるを得ない。

 それはこの国にとってのアキレス腱。

 そんなわかりやすい弱点を、他国が見過ごすはずがない。

 現にこの国は、これまでにたびたび資源の輸入を止められ、その度に理不尽な要求を飲まされてきた。

 そして辛酸を舐め続けきたこの国は、『資源』を作るべく『別天津神ことあまつかみ計画』を思いついたわけです。

 資源として生み出した『属性』を他国に売ることで、外交交渉を有利に進め、けっかあこの国を守ろうとしたわけです。


 ところが、このお国のお偉方は考えが違ったんですよ。

 想像以上に腐っていたんです。


 外国に売るのではなく、自分たちのために『別天津神ことあまつかみ計画』を利用することにしたんです。

『上級国民』たちに言わせると、優秀な人間が優秀なスキルを持つことで国を守ることになる──それがの言い分なのですよ」

「鈴木」は体を揺らした。

 笑っているつもりなのだろうが、表情は怒りに打ち震えていた。

「知ってますか? 『別天津神ことあまつかみ計画』の施設で行われてきたことを。

 まず『神威カムイ属性』のスキルを持って生まれた場合、身体的な痛みを与えられるんです」

 そこにいる全員が怪訝な表情をする。

「鈴木」は唇を歪めた。やはり笑ったつもりなのだろう。

「一体に何のために──と思いましたか? いいかなものですねぇ。平和ボケした国民たちは。

 真実も知らずにのうのうと生きているなんて。

 いいですか?

 人間というのは、命の危機に瀕するほどの身体的な痛みを感じた場合、防衛本能が発動します。

 具体的に言うと、属性のランクアップです」

 目を見張る凸守でこもりたちに向けて、「鈴木」は声を上げて笑った。嘲笑する意味が込められていたのは言うまでもないだろう。

「まさか『神威カムイ属性』が最初からSSSトリプルエスランクのスキルだと思ってたんですか?」

 頭を激しく振る。

 顔を真っ赤にさせ、額には血管が浮かんでいた。相当な怒りが秘められているのがわかった。

「そんなわけないだろ!」

 部屋の中に響き渡るほどの大声だった。

「お前らがどんなに鍛錬しても、せいぜいAAAトリプルエーなのはなぜだと思う⁉︎ 

 死線を超えてないからだよ!

 我々は体を切り刻まれ、腕を切られ、足を切られ! 目玉をくり抜かれ! 精神的に追い込まれるんだ!

 生きたまま焼かれた人間を見たことがあるか!

 全身焼けただれたまま、数日放置された人間を見たことがあるか!

 そこまでしてようやくスキルをSSSトリプルエスにランクアップさせられるんだ!

 そのスキルはやがて、どこかの金持ちのボンクラに渡すために子供たちは殺される。

 遺体はゴミのように捨てられるんだ……」

「鈴木」は大きく深呼吸をすると、ゆっくりと凸守でこもりたちを見回していく。その時にはもう、これまで同様、不自然な笑みを顔に貼り付けた「鈴木」がいた。

「アナタたちに問いたい」

 真っ直ぐに見つめられて、凸守でこもりはハッとする。

「鈴木」の視線には、迷いや戸惑い、後ろめたさなどが微塵も見られなかったからだ。

 自分の信念を貫く覚悟を持った者だけが宿る力がみなぎっていた。


「ワタシの話を聞いてもなお、アナタたちはまだ、この国には命を賭して守る価値があると思いますか?」

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