第8-2話 君の目的は一体……

「わざわざすまないな、トツ」

 凸守でこもりが迎えの黒塗りの車から降りるとすぐに、栗花落つゆりが建物の前で出迎えてくれた。

 ここは街の外れにある山の中だ。例えるなら「秘密基地」といったところだろうか。

 前回の本部ビルの件といい、警察にはまだまだ知らない施設があるのだろうな、と凸守でこもりは思った。

 建物の中に入ると、栗花落つゆりは振り返る。

「あれから2週間だが、体の方は大丈夫か?」

「おかげさまで、かなり良くなってきました」

 まだ杖がない状態では足元がおぼつかないが、それでも医者が驚くほどの回復ぶりを見せているのだった。

「義兄さんの方はどうなんです?」

「わたしは大丈夫だ。そもそも例の戦いでは、ほとんど気絶してたからな」

「そんな……」

「それよりら無理を言ってすまなかったな」

「本当ですよ!」

 そう言って唇を尖らせているのは小鳥だ。

 栗花落つゆりから連絡をもらった時から、『用があるのに、人を呼び出します? 普通、向こうから来るでしょ!』と憤っていたのだった。

 そのため無理して付き添ってくれなくて構わない、と言っていたのだが、『これも助手の務めてですから!』と譲らない。

 それなら、と『くれぐれも義兄さんにかみつくなよ』と念を押していたため、今まで黙っていたが──

 ついに我慢の限界が来たようだ。

「警察官は他にもいるのに、どうしたってうちの所長が駆り出されるなきゃいけないんですか!」

 小鳥は鼻息を荒くする。

「『鈴木』みたいな危ない人の尋問だなんて。民間人のすることじゃないでしょ!」

「不満はもっともだ。だが、八咫烏ヤタガラスの残党がどこに現れるかわからないんで、人員はその警戒に当たってるんだ。

 何より、先の戦闘で多くの警察官を失ったんで、どうしても人手が足りないんだ」

 栗花落つゆりが視線を落としたのを見て、小鳥は「あっ……」と口に手を当てた。

 警視庁での凄惨な光景を思い出したのだろう。

「すみません……私、無神経なこと言っちゃって……」

「大丈夫だよ。さあ、こっちだ」

 栗花落つゆりが先導してくれる。凸守でこもりたちはその後に続くのだった。

「ケツもずいぶん良くなったみたいですね。前にメールしたら、ヒマで仕方がないって愚痴ってむしたよ」

「ああ。本人は現場復帰したがってるが、無理矢理休めって言ってあるんだ」

「では、キュウさん方は?」

「あの人はとっくに現場に出てるよ。止めても聞きゃはしない」

 すると栗花落つゆりはとある部屋のドアの前で足を止めた。

 やけに重々しい鉄のドアで、周りはコンクリートのうちっぱなしになっている。相当な厳重体制だというわけだ。

 ドアを開けると、ガラス張りの壁の向こうに、部屋の真ん中にポツンと椅子に座った「鈴木」がいた。

 両手と両足を拘束されていて、ダラリと頭を垂れている。目が虚で、ピクリとも動く気配がない。

「実は記憶を復元しようとしたんだが、うちの若い所員だとどうもうまくいかなくてな」

 部屋の隅の方で肩を落としている警察官が見える。おそらく彼が「若い所員」ということだろう。

「ただでさえ『闇属性』は希少に加え、先の戦闘で多くの所員を失った。だからトツの闇属性のスキルで消した記憶を復元するのが難しくてな」

 各属性にはランクには鍛錬によって練度が上がっていく。闇属性の「消す」能力の場合、練度が上がればそれだけより深く記憶を消去できる。反面、その復元もやはり同等の練度が必要となるわけだ。

「そんなわけで、トツに来てもらったというわけだ」

「そういうことなら、協力させてもらいますよ」

 別の警察官がドアを開け、ガラス張りの向こう側へと通してくれる。

 凸守でこもりは、「鈴木」の頭に手をかざす。「鈴木」の頭部から黒い靄が湧き出て来るのだった。

 それらは徐々に凸守でこもりの手の中に吸い込まれていく。

 靄をすべて吸い上げると、「鈴木」の頭がかすかに動いたような気がした。

「トツ、下がれ!」

 栗花落つゆりの言葉に緊張感が走る。

言われた通りに凸守でこもりは2歩3歩と後ずさる。

「やあ、何人か見た覚えのある人たちかまいますねえ」

 空を彷徨っていた「鈴木」の目に色が戻ると、素早くあたりを見回すのだった。

 そしてガラス張りの壁の向こうにいる小鳥を見つけると、薄い唇の両端を持ち上げた。

「やあ、小鳥さん。またお会いできて光栄ですねぇ」

「誰がしゃべっていいと言った?」

 小鳥と「鈴木」の間に立ちはだかったのは栗花落つゆりだ。

「お前は余計なことは言わず、こちらが聞いたことだけ答えろ。それ以外の言葉を話すことは許さない」

「鈴木」はヒョイッという感じで肩をすくめた。が、すぐに栗花落つゆりは椅子を蹴る。

「おとととと」

 バランスを崩しそうになるが、「鈴木」はなんとか転がるのを避けられたようだ。

「わかったか?」

 すると「鈴木」はニヤリと笑う。

「仰せの通りに」

「では、まずお前ら『八咫烏ヤタガラス』は全員で何人いる?」

「さあ。何人でしょか──!」

「鈴木」が言い終わるかどうかのたいみんくて、栗花落つゆりが首をつかむ。

 そして雷属性のスキルを浴びせるのたった。

「鈴木」の全身に電流が流れる。

「ぐああああああっ!」

 獣のような叫び声を上げるのたった。それでもやめようとしないためたまらず|凸守「てこもり》は「義兄さん!」と声をかけた。

 そのことでようやく電流を流すのをやめた。

 頭を垂れたままの「鈴木」は押し殺したように笑うのだった。

「警察官がこんなことをやっていいんですか? 世間に知られたらどうなるんでしょうねぇ」

 栗花落つゆりは「鈴木」の髪の毛を鷲掴みにして自分の方を向ける。

「あれだけのことをしておいて、一般市民のように扱ってもらえると思うなよ。このカス野郎が」

 そこでようやく凸守でこもりは合点がいった。

 どうしてわざわざこんな山奥にある施設に「鈴木」を拘束しているのかを。

 早い話、どんな手を使ってでも「鈴木」から情報を聞き出そうというわけだ。

「へぇ、わたしをどうしようというのですか?」

 また電流を流す。

「最初に言っただろ。質問されたことだけに答えろ、と」

 今度は警察官がやって来る。

栗花落つゆり警部! もうそのへんにしておきましょう」

 止めた警察官はそう言って首を横に振るのだった。

 おそらくこのまま続けると、命の危険があるということなのだろう。

 栗花落つゆりは手を離す。「鈴木」は息も絶え絶えといった状態だ。本当に警察官がために入っていなければ危なかったのかもしれない。

「あ、貴方、『ツユリ』という名前なんですね……」

「だったらなんだ?」

「以前、お会いした時から、どこかで見たような気がすると思ってたんですよ」

「わたしはお前のようなゲスとは会った覚えはない。過去に一度でも会っているなら、その場で『駆除』していただろうからな」

「やはり血は争えませんねぇ。その言い方も同じだ」

「何⁉︎」

「正義の名の下なら、どんな残虐行為もいとわない──『別天津神ことあまつかみ計画』の発案者である貴方の祖父とよく似ている」

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