第8-1話 君の目的は一体……

 美兎は白衣のポケットに両手を突っ込むと、救急車にもたれ、荷台を覗き込んだ。

「どうやら生きてるようだな」

 そこにはストレッチーに横たわる|凸守「あでこもり》がいる。

「ああ、なんとかな……」

 いくぶんかの血液を失ったため輸血されたいはいるものの、幸いナイフは内臓を傷つけてはいなかったのだった。

 凸守でこもりが体を起こす。

 痛みに顔が歪む。

「無理するな。傷に触るぞ」

 美兎が肩を貸してくれる。

「すまない……」

 何度か深呼吸をすると、脇腹の痛みがほんの少しだけだがマシになったような気がする。

「『鈴木』と偽警官は?」

「お前たちのおかげで警察に拘束されるそうだ。記憶を消してあるから、『天照アマテラス』を使われる心配もない」

「だが、これで終わったわけじゃないんだよな」

「高橋」は「八咫烏ヤタガラス」にはまだ「神威カムイ属性」を持つ仲間がゴロゴロいる言っていたはずだ。

 美兎は神妙な面持ちでうなずく

「そうだな。しかも『鈴木』と『伊藤』を取り返しに来ることも想定しておかなきゃならない」

「終わるどころか、ここからが始まりというわけか」

 美兎の言葉を聞き、疲れがドッと出たような気がする。体が鉛のように重く感じたのは、血液を失ったからだけではなかったはずだ。

 今回の戦闘で、凸守でこもりたちはあまりにも大きな傷を負ってしまったのだ。それを目の当たりにすると、やはり心身ともに疲労を覚えるのだった。

 改めて目の前の光景を目を向ける。その凄惨さに、言葉が詰まるのだった。

 ビルに大型旅客機が突っ込んだわけだから当然タダでは済むはずがないとはいえは、そこは想像以上だった。

 今にも倒れてしまいそうなビルに、消防や救急車が所狭しと並んでいて、生存者はいないかと隊員たちが必死の捜索をしている。

 立ち入り禁止の黄色いテープを張った外側には、野次馬のマスコミが駆けつけていて、空にはこちらもマスコミと思われるヘリコプターが飛んでいるのだった。

 美兎も同じようにあたりを見回す。

「こんな状況で、よく生き残ったものだな」

 いちじく法華津ほけつは火傷を負ってはいるものの、命に別状がないと聞いている。

 それから栗花落つゆりはすでに意識を取り戻し、現場の指揮を取っているのだ。

 小鳥の念のため、救急隊員に診てもらっているが、おそらく問題ないだろう。

「多くの警察官が犠牲になってしまったけどな」

「気にするな。誰も旅客機で突っ込んでからなんて予想できなかったさ」

 美兎は「それにしても」と続けた。

「こうなることを予想していたのか?」

「いや、念のためにと思って準備しておいたところだ」

「だが、普通は思いつかないだろう。特殊属性には6秒ルールがあるんだからな」

 闇と光、それから神威属性には「理」がある。

 その1つが「6秒ルール」だ。

 自分以外の誰かにスキルを引き継ぐことができるのだが、その猶予は「6秒間」だ。その間にスキルを発動させないと「リセット」されてしまう。

 ところが凸守でこもりが小鳥に闇属性のスキルを「伝達」したのは、「鈴木」たちがやって来るはるか前のこと──

「鈴木」たちを迎え撃つ前に、凸守でこもりが小鳥の背中に触れたあの時に「闇属性のスキル」を「伝達」しておいたのだった。

「まさか『月詠ツクヨミ』が『6秒ルール』までも停止させてしまうとはな」

 特殊属性は所有者の人体に少なからず影響を及ぼす。

天照アマテラス」を持っている「鈴木」が常に体内を焼かれているのがいい例だ。

 そして小鳥にもまた、神威カムイ属性の影響を受けている。

 つまり指定したものを「止める」ことができる「月詠ツクヨミ」は、本来なら伝達されたスキル6秒以内に発動しなかった場合、リセットされるというルール自体を止めてしまえるというわけだ。

 だから「鈴木」たちがやって来るはるか前に「伝達」された「闇属性スキル」を、後になって発動することができたのだ。

「だが」

 美兎はもっともな疑問を口にする。

「『月詠ツクヨミ』が『6秒ルール』の『理』を無視できるなんて、よく知ってな。小鳥と事前に確認していたのか」

「おや妻だ。彼女から教えてもらってたんだ」

「ほう」

 美兎はなんだか意味ありげに声を上げるのだった。

「お前の妻というのは、一体何者なんだ。あたかもこのような状況になるのを予想していかのよう──」

 そこで言葉は途切れる。

 小鳥が「トツさーん!」と手を振りながらやって来たからだ。

「うまくいきましたね! 私たちって、結構いいコンビですよね!」

「小鳥」

「なに、相棒!」

 頭が痛くなってきた。

「あのなあ、敵の狙いはお前が持ってる『月詠ツクヨミ』なんだ。それなのにノコノコと出て来るなんて。お前が連れ去られてたらどうするつもりだったんだ」

「わたしも止めたんだぞ。それなのに小鳥が『私が行かなきゃ』って聞かなかったんだ」

 すると小鳥は頬を膨らませている。

「じゃ、なんで私に『闇属性』を『伝達』したんですか」

「それは万が一、俺たちが全滅した時のためだ」

「全滅って……その時は私に1人で戦えってことですか⁉︎」

「ま、まあ……そういうことだ……」

 言い淀む凸守でこもりを、美兎は意味ありげに見ているのだった。凸守でこもりは目を逸らす。

「でもね、トツさん! 

 私が駆けつけたから、あの2人を捕まえることができたわけです。

 しかも2つの『神威カムイスキル』を回収できたじゃないですか!」

「それは結果論だ」

「結果論の何が悪いんですか! 結果が良かったんだから何が気に入らないんですか!」

「気に入らないわけじゃないが」

「じゃ褒めてください」

「なんで俺が──」

「助手が頑張ったんだから、所長が褒めるのは当たり前じゃないですか!」

 凸守でこもりはため息を1つ。

「良くやった」

「はい?」

「小鳥がいてくれて助かった。ありがとう」

 すると小鳥は満面の笑みを浮かべるのだった。

「えへへ。別にお礼なんていいですよ。助手として当たり前のことをしただけですから」

「お前、意外と面倒くさいヤツなんだな……」

「ん? 何か言いましたか?」

「別に……」

「あっ、そうだ。トツさん、喉渇いてません? デキる助手が飲み物をもらって来てあげますよ。待っててくださいね」

 まるでスキップするように小鳥は行ってしまうのだった。

「嵐のような娘だな」

 美兎がつぶやくようにそう言ったの聞き、凸守でこもりは同意とばかりに深くうなずいたのだった。が、すぐに美兎が自分を見ていることに気がついた。

「1人で戦えるように『闇属性』のスキルを『伝達』したって?」

 凸守でこもりはゆっくりとストレッチャーの上に横になる。

「お前たちが全滅した時点で『詰み』は確定だと思うが」

「結果的にうまくいったんだから、本当のことを言う必要はないだろう」

 美兎の言う通り、凸守でこもりたちが倒されてしまった場合、戦闘の訓練も受けてはおらず、知識もない小鳥だけではどうにもならなかっただろう。

 だからと言って「月詠ツクヨミ」をむざむざと敵に渡すことはできない。

 凸守でこもりが小鳥に闇属性を「伝達」した本当の理由は、いざとなったら闇属性のスキルで「月詠ツクヨミ」を消させるためだったのだ。

「そのまま伝えてやればいいだろ。『闇属性』のスキルを使ってサブ属性を消すなんてことは、政府だってやってることんだからな」

 交通事故などで目の前で誰かが死亡した場合、事故死した人物のメイン属性は、その時に半径6メートル以内にいる人物のサブ属性に入ってしまう。

 万が一、望まない属性を所有してしまった場合、政府に申請して認められればサブ属性を消してもらえるのだ。

 その際に使用されるのが、美兎が言った通り「闇属性」のスキルなのだが……。

 凸守でこもりはどういうわけか、腕で顔を覆うと、そのまま何も答えなかったのだった。

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