第7-5話 君も戦ってくれるか

 あまりにも予想外の出来事だったため、凸守でこもりたちは全員、目の前で起こった事象への対応が遅れる。


 とはいっても、ほんの数秒のことだった。


 だがそれは、凸守でこもりたちにとって致命的なミスとなる。

 まず「鈴木」は、右手に発動させた「天照あまてらす」を、1番近くにいたいちじくの顔面に放った。

「ぐわっ!」

 黒い炎に包まれたいちじくはマスクを剥ぎ取る。さすがの反応だが、やはり体勢が崩れてしまっていたため、手に持った武器を敵に向けて放つよりも早く、「鈴木」が発動させた左手の火属性に燃やされてしまうのだった。

 さらにいちじくは突き飛ばされる。するとその先にいた法華津ほけつもまたは燃え上がってしまうのだった。


 誤解なきよう解説しておくと、これはいわゆる「伝達」ではなく、単なる「延焼」だ。火事の時に周りの民家も燃えるのと同じ仕組みだ。

 それでも効果は十分だ。

 数少ない戦闘員が、一時的にではあるが戦闘不能になったのだから。

 凸守でこもりは闇属性で2人の火を消そうと近寄る。が、「鈴木」がそれを許さない。

「グッ!」

 脇腹に耐え難い痛みを覚える。

 何が起こったのか、理解できなかった。「鈴木」の持っている属性は「神威カムイ属性」の「天照アマテラス」。それからサブの火属性だ。

 どちらもこんな鋭い痛みを与えるられる属性ではなかったはずだ。

 答えは、実際に痛みを覚えた箇所を視認して理解できた。

 スキルによるものではなく、もっと原始的な攻撃によるものだったのだ。


 凸守でこもりは、ナイフで刺されていた。


 耐えがたい痛みに顔が歪む。しかしこんなことで怯むわけにはいかない。

 闇属性のスキル発動させた右手で「鈴木」に触れようと手を伸ばす。

(「鈴木」の記憶を消されば、行動ができなくなる──)

 だが、それよりも早く手首をつかまれる。巨大な体躯らしく力は凄まじく、|凸守は《腕を折られるのではないかと覚悟した。だが実際に床に投げ飛ばされる。


「トツ!」


 雷属性を使って一瞬にして駆けつけた栗花落つゆり

「このクソ野郎が!」

 完全に敵の背後を取ったかに思えた。が、次の瞬間、栗花落つゆりは自分がミスを犯したことに気がつく。

 離れた場所から自分を見つめる偽警官と目が合っていた。その時に警察官として磨き上げた勘が告げていた。


 奴もまた「神威カムイ属性」の所有者である、と。


 でなければ、わざわざ「鈴木」と共に大勢の警察官が待ち構えているこの場所に来るわけがないのだ。


(マズイ!)


 認識した時にはすでに遅かった。

 栗花落つゆりは向こうの壁に激突し、派手に全身を打ちつけられた。そのことで意識を失ってしまう。

「ツユ!」

「ツユさん!」

 いちじく法華津ほけつは自らを燃やす火を消し去り立ち上がる。

 だが残念ながらいちじくたちが体勢を立て直す時間があったということは、敵にとっても同じだけの時間が与えられていたということだ。

天照アマテラス!」

 2人がスキルを発動するよりも一瞬だけ早く、邪悪な黒い炎は一瞬だけ姿を消すと、再び現れる。

 その時にはもう、警察官たちの全身を黒く燃やしているのだった。

 いちじくたちはその場でのたうち回る。体に延焼した際には、床に押し付けて火を消す基本動作なのだが、生憎と黒い炎が相手では効果がない。

 いちじく法華津ほけつは生きたまま焼かれてしまうのだった。


「さてと」

「鈴木」は悠然と辺りを見回す。

 はるか後方では栗花落つゆりがうつ伏せになって倒れている。ピクリとも動かないところを見ると、当分意識を取り戻すことはなさそうだった。

 続いて見たのはいちじく法華津ほけつだ。

 こうしている間に2人は燃やされ続けていて、すでにプロテクターは溶けている。生身の体を焼き始めているのだった。


「さあ、どうしますか?」


 最後に「鈴木」が見た相手は、凸守でこもりだ。

 崩れたビルの壁にもたれるように座っている。息が荒い。むろん理由は脇腹に刺さったナイフのせいだ。

 赤黒い血が徐々に床に広がっていく。

「このままでは全員が死ぬのは時間の問題なのは、わかりますよね?」

「鈴木」は適度に距離を取ると、その場にしゃがみ込む。

「どうでしょう? アナタとあの小鳥さんと言う方が我々の仲間になるというのなら、他のお仲間の命は助けましょう」

「こ、断ったら?」

「もちろんこうなります」

「鈴木」がいちじく法華津ほけつを見ると、急に2人は「ぐががが!」と悶え始めるのだった。

「驚きましたか? ワタシは『天照アマテラス』の火力を調節できるんですよ。なんならもっと燃やしましょうか?」

「やめろ!」

 凸守でこもりが叫ぶと、いちじく法華津ほけつの苦しげな声がおさまる。

 とはいっても、2人の体は黒い炎に包まれたままだ。プロテクターはほぼ溶けてしまっていて、わずかに肉が焦げる臭いがする。

「では凸守でこもりさん。ワタシたちの仲間になっていただけますか?」

「わ、わかった……仲間になる。だから──グッ!」

「鈴木」が脇腹に刺さったナイフを踏みつけるのだった。

「そんな言葉を信じると思いますか?」


凸守でこもりは「鈴木」の足をつかもうとするが、スッと逃げられてしまう。

 痛みで気が遠のいていきそうだ。

「どうやら気絶しそうですね。そうなれば貴方を運びやすくていい」

「鈴木」はいちじくと|法華津「ほけつ》、それから離れた場所で倒れている栗花落つゆりを見る。

「では、他の3人は燃やしてしまいましょうか。その後でゆっくりと月詠ツクヨミを迎えにいきましょう」

「鈴木」はまずいちじく法華津ほけつを顔を向ける。

「『天照アマテラス! 全てを燃やしたくせ!」

 言い終えるのと同時に2人の体を包んでいた炎がこれまでよりもさら大きく燃え上がる。

 2人はもはや身悶えすることすらできず、ただ燃やされるしかない。

「や、やめろ……」

 凸守てこもりは薄れる意識を保つのが精一杯で、2人を助けることができない。

 栗花落つゆりもまだ倒れたままだ。


 万事休す──


 凸守でこもりは「クソ……」とつぶやきなきながらその場に倒れる。


「キュウさんとケツさんの炎は、燃やすのを!」


 凸守でこもりは薄れる意識の中で必死に目を凝らす。


 小鳥だ。


 離れた場所で、護衛の警察官たちに囲まれている。

 次にいちじく法華津ほけつに目を向ける。

 彼らの体を包み込んでいた黒い炎は、まるでハリボテのようにゴロリと床に落ちるのだった。

 2人のダメージは決して少なくはなかったが、「うぐぐっ」とうめき声がすることから、どうやら一命はとりとめているらしい。


「トツさん! 大丈夫⁉︎」


 凸守でこもりはなんとか顔を上げる。霞む視界の中、小鳥に向けて必死に叫ぶのだった。

「姿を隠せ! !」


 だが、必死の訴えは意味をなさなかった。


「『神威カムイ属性! 伊奘冉イザナミスキル発動!」


 次の瞬間、小鳥の体は宙に持ち上がる。

「え⁉︎ な、何⁉︎」

 凸守でこもりが「小鳥、逃げろ!」と声を上げた時にはすでに遅かった。

 数十メートルは向こうにいたはずの小鳥は瞬時に「鈴木」に捕らえられてしまったのだった。

 護衛のための警察官たちは戸惑い、小鳥と自分たちのいる場所と何度も見比べている。

「何をしている!」

 叫んだのはいちじくだ。

 全身に火傷を負っているとは思えないほどの、腹に響く声だった。

「全員! 攻撃態勢を取れ! 目標『鈴木』、他1名! 直ちに捕獲、もしくは駆逐せよ!」

 たちまち警察官たちの統率を取り戻す。

 全員がライフルを構えると、一斉に射撃を繰り出すのだった。

 だが、やはりタイミングが遅かった。

 小鳥を担ぎ上げた「鈴木」は素早く柱の影に身を潜めてしまっていた。

 放たれた無数の麻酔弾はあえなく空振りに終わってしまう。虚しく重力に負けて、麻酔弾は床に落下してしまうのだった。


「危ないところでした」

 柱の影に避難できた「鈴木」はおどけた調子で額の汗を拭った。

「まさかこの場面で『|月詠「ツクヨミ》』が出て来るとはねぇ。まあ、こちらとしては幸運でしたが」

 そして「鈴木」はふと背後を見る。

「『伊藤』さん、伊奘冉イザナミはいけますか?」

「も、もう少し休憩、し、し、したいで──グェ!」

「鈴木」が「伊藤」の腹に蹴りを入れたのだった。

「このグズが!」

 憎々しげにつぶやくと、今度は小鳥を見る

「これが『月詠ツクヨミ』の力なんですね。まったくもって素晴らしいスキルです」

 そう言って肺一杯に空気を吸い込む。

「おかげで『天照アマテラス』に焼かれる感覚が止まりました」

 咳き込んでいる「伊藤」を見下ろす。

「では『伊藤』さん。次にあの探偵さんをこちらに移動させてくれますか?」

「わ、わ、わかりました……」

 うなずいた「伊藤」は、小鳥を抱えた「鈴木」の脇を通る。

 そして凸守でこもりを視界に捉えようとした──その時だった。

「闇属性 2つの闇の霧スキル発動!」

「ん?」

「え?」

 小鳥が「鈴木」と「伊藤」の頭に触れているのだった。

「2人の記憶は闇の中の霧に消える」

 頭の上にかかった黒い霧は、徐々に2人の顔を覆っていく。

 霧が晴れた時にはもう、「鈴木」と「伊藤」は虚な目をして、動かなくなってしまったのだった。

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