第7-2話 君も戦ってくれるか

 一方、凸守でこもりは警察官たちと共に「八咫烏ヤタガラス」たちを迎え撃つべく、ビルの一階の正面を入ったところで待機しているのだった。

 シンと静まり返っていて、まさに嵐の前の静かさ、といった様相を呈していた。

 そんな緊張感が漂う中──


 ギュルルルルッ!


 豪快な腹のムシがなるのだった。

 犯人はもちろん法華津ほけつだ。

 怪訝な表情を浮かべる警官たちの視線の先には、顔を真っ赤した法華津ほけつ

「い、いや、違うんです! 飯を食べようとしたら呼び出されたんで!」

 一瞬だけまた沈黙が訪れたが、すぐにドッ笑い声が起こるのだった。

「なんの言い訳だよ!」

「聞いてねえよ!」

「緊張感がなくなるんでやめてもらっていいですか」

 口々に揶揄う声が上がる。

 ただ、小鳥もそうだったのだが、この法華津ほけつにも無意識のうちに人を和ます能力があるようで、そのことは非常に助かっていた。

 ここにいる全員が理解しているようで、本気で怒っている者はおらず、むしろ無意識のうちに力が入り過ぎていたことに気がついたようだ。全身の力を抜くように体を伸ばしたり屈伸をしたりしている。

「ケツ。ナイスだ」

 いちじく法華津ほけつの肩に手を置いた。

「今から緊張していては、本番で疲れてしまうからな。いい息抜きができたよ」

「お、お役に立てて良かったです……」

 腹を撫でていたのだが、「ちょっと気になったんですけど」と声を落とす。

 フル装備の法華津(ほけつはあたりを見回すのだった。

 ここは普段ならエントランスということになるのだろうが、現在は戦闘員しかおらず、だだっ広い空間が広がっているのだった。

「ほとんどの警察官が一階に集まってるみたいなんですけど、大丈夫なんですかね、警視正」

「何が気になるんだ、ケツ」

 いちじくもフル装備の姿をしているが、今はマスクをヘルメットの上に引っ掛けているため、厳しい表情になっているのが見て取れた。

 入念にライフルの弾倉をチェックしているところだ。

「例えばですけど、屋上から攻めて来るってことはないんですかね?

 映画とかだと、ヘリコプターとかで降りてくるじゃないですか。他にも赤いマントをつけた人が飛んでくるとか」

 いちじくは「フッ」と口元を緩める。

「ケツは映画をよく観るのか?」

「はい。ただ今はもっぱらアニメ系ばっかりですけど。何せ子供がいるんで」

「そうか──残念ながらアレはあくまでフィクションだな。

 不審なヘリコプターで近づいて来た時点で、屋上で待機しているチームが撃ち落とすことになっている。

 むしろヘリで来てくれた方がこちらとしては助かる。何せいい的になるからな。

 それにここは一見すると普通のビルだが、窓はすでに特殊なシャッターで侵入できないようにしている」

「な、なるほど。だからわざと正面玄関を開けているんですね」

「そういうことだ。奴らは1階からやって来るしかないわけだ」

 凸守でこもりははそんな2人の会話を耳の端で聞きながら、ふと背後に視線を走らせた。

 そこには部下たちに指示を出している栗花落つゆりがいるのだった。

「義兄さん、ちょっといいですか」

 栗花落つゆりが1人になったところを見計らい声をかけた。が、無言のまま立ち去ろうとする。

「言い訳をさせてください、義兄さん」

 腕を取るが、すぐに振り払われてしまう。

「お前に『義兄さん』などと呼ばれる筋合いはない」

「彼女のメイン属性のことを黙っていたのは謝ります」

 すると栗花落つゆりは「ふん」と鼻を鳴らした。嘲笑したのか、呆れたのか、もしかしたら両方だったのかもしれない。

 ただ確かなのは、静かな口調だったが、湧き上がってくる怒りを必死に押さえつけている、ということだ。

「なぜ妹は、わたしたち家族ではなくお前にだけ伝えたんだ」

「それは──」

「私たちに話すと、施設に連れ戻されると思ったからか?」

「違います! そんなことは断じてありません!

 第一、俺は妻から『別天津神ことあまつかみ計画』は聞かされていませんでした。まさか妻もあんなむごい施設で生まれていたなんて驚いているくらいで……」

「だったらなぜ、お前なんだ」

「え?」

「お前は知っていたんだろ? 妹のメイン属性がエラーではなく、いわゆる『7属性』ではないことを。

 それをなぜ、妹は私たちではなく、お前にだけ話したんだ!」

 凸守でこもりたちが初めて結ばれた夜、彼女が打ち明けてくれたのだった。


《私のメイン属性ってね、変なの……》


 そう言って時計の針を止めて見せた。

 驚く凸守でこもりに、彼女は悲しげな表情を浮かべながら言ったのだった。


《このことはね、誰にも言わないでほしいの。トツさんと私だけの秘密にして》


 なぜ、と聞くと、彼女は目を伏せた。


《だって……こんなおかしなメイン属性を持ってると知られたら、兄さんたちに嫌われちゃうもの……》


 これまでに一度も見たことがないような悲痛な表情をする彼女に対して、から凸守でこもりはそれ以上追求することができなかったのだった。


「これはあくまでも俺の想像ですが」

 なおも背を向ける栗花落つゆりに対して、穏やかな口調で語りかけた。

「彼女は義兄さんたちに、迷惑をかけたくなかったんじゃないでしょうか」


 栗花落つゆり家は何代にも渡っての警察一家だ。

 彼らの曽祖父は警視総監まで登り詰めた人で、祖父や父親たちはみな殉職している。

 このことからもわかるように、栗花落つゆり家は「正義の一家」なのだ。

 そして栗花落つゆり自身もまた、正義感が強く、妹思いの人でもある。

 そのことは、栗花落つゆり家の養女となった妻なら、すぐに理解したことだろう。


 そんな正義の人、栗花落つゆり家の面々が、「別天津神ことあまつかみ計画』を知ったら、果たしてどうするだろうか?


 黙って見過ごすはずがない。


 だが、相手は国だ。

 一介の警察一家に何ができただろう。

 もしかしたら下手に騒ぎ立てたことで、抹殺されてしまったのではないだろうか。


別天津神ことあまうかみ計画」のことを知った今、凸守でこもりには妻の気持ちが痛いほど理解できていた。

(「別天津神ことあまつかみ計画」がどれほど恐ろしいものかを知っていた妻なら、なおさら言い出せなかったはずだ。

 言えばきっと栗花落つゆり家の人たちは自分のために、正義のために最後まで戦ってしまうから。

 俺にだけ話してくれたのは、1人で抱えるにはあまりにも苦しかったからなのだろう。

 誰かに話すことで、ほんの少しだけ心の重荷を下ろしたかったからだ)


 栗花落つゆりは頭を振って、ポツリと言った。

「心配かけてほしかったよ……。妹の苦しみを、兄として一緒に背負わせてほしかった……」

「義兄さん……」


 その時、開け放たれたビルのドアから爆風が吹き荒れた。まるで台風が来たのかと見紛うほどだ。

「なんだ! 何があった!」

 いちじくが声を張り上げてはいるもの、暴風がそれをかき消す。

(本当に台風が来たのか? だが、この日の天気予報では、そんなことなど一言も言ってなかった──)

 暴風の他に、何やら爆音も聞こえる。

 それがエンジン音だと気がついた時にはすでに遅かった。


 凸守でこもりたちの目の前に現れたのは、大型のだったのだ。


「まさか……」

 凸守でこもりたちは逃げることもできないまま、その旅客機がビルの1階に突っ込んで来るのを甘んじて見ているしかなかった。


 次の瞬間、爆音とともに凸守でこもりたちは吹っ飛ばされたのだった……。

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