第7-3話 君も戦ってくれるか

「うぅっ……」

 凸守でこもりは頭を振りながら、なんとか体を起こす。

 吹っ飛ばされたことに加え、床に打ち付けられたため、その衝撃が全身に痛みとなって駆け抜けているのだ。

 もはやどこが痛いのか判別できないでいた。ただ、不幸中の幸いなのは、手足を動かす限り、骨折などの大怪我は免れているらしいことだろう。

(とりあえず、痛みを取り除こう)

 闇属性のスキルを発動させた手を全身に当てていく。正確にいえば痛みが消えたわけではなく、感じなくなっているだけなのだが、それだけでもかなり楽になった。

 頭の痛みもなくなると、徐々に周りの状況が見えて来る。

「そんな……」

 目の前の光景は、到底受け入れられるものではなかった。


 旅客機の頭の部分がビルの一階に突っ込んだ状態で、柱は曲がり、ガラスは割れ、あちこちにはプロテクターを付けた警察官たちが倒れているのだった。


 建物の奥にいた凸守でこもりでさえこの有様だ。入り口付近にいた警察官たちの生死については考えただけでも背筋に悪寒が走る。

「ぐっ……」

 隣にいた栗花落つゆりもまた、ヨロヨロと体を起こす。どうにか床に膝をつくと、凸守でこもりの肩に触れる。

「何が起こった。何か巨大なものが突っ込んできたようだが──」

 天井を見上げた栗花落つゆりが言葉を切った。凸守でこもりも同じ方を向いて下顎を震わせる。

 どうやらビルは根本から折れ曲がっているらしい。

 天井があるはずの位置にはシャッターが降りた窓が見えるのだ。

 それでも倒壊しないのは、さすが国が有事の際に本部となるよう作った建物だといったところだろうか。

 ただ、ここが地獄絵図と化してしまったの間違いなかった。

「ぶ、無事か!」

 いちじく凸守でこもりたちのところはやって来る。後ろには法華津ほけつもいる。

「生存者は応答しろ!」

 しばらくして「カガッ!」とノイズが入る。

『こちらは小比類巻こひるいまきだ。と我々はなんとか無事だが、残念ながら機器類は全滅だ』

 一先ず凸守でこもりたちは胸を撫で下ろす。「荷物」とはつまり小鳥のことだ。

 ただし、他のチームからの応答はない。比較的建物の奥にいた凸守でこもりは無事だったものの、入り口付近にいた他の警察官たちは命を落としたらしい。

 屋上にいたチームもまた、ビルが傾いたことで転落したのだろう。

 法華津ほけつがゴクリと生唾を飲み込んだ。

「ということは、ぼくたち以外は全滅ってことですか?」

「いや」

 栗花落つゆりが前方に厳しい視線を向けている。凸守でこもりもそちらの方を見ると、突っ込んできた旅客機の近くにプロテクターをつけた人物がうつ伏せに倒れているのだ。

 頭を向こうに向けているため表情は見えないが、必死に立ちあがろうともがいている。

「わたしが行きます!」

 マスクをつけると、栗花落つゆりは中腰になり、ライフルを構えて走り出した。

 いちじくは「待て!」と手を伸ばすが、すでに倒れた警察官と凸守でこもりたちがある場所の中間まで進んでいたのだった。

「もうっ! ツユさんは!」

 法華津ほけつが大きな体を前のめりにしたのを見て、すかさず凸守でこもりは襟首をつかんで後ろに引き倒したのだった。

「ケツはここにいろ!」

「ちょ、トツさん! アナタは民間人でしょ!」

 そんな声を背中で聞きながら駆け出す。

「大丈夫か?」

 先に到着した栗花落つゆりが警察官の腕を取り、仰向けにしてやる。

「どこを傷めた? 息はできるか?」

 駆けつけた凸守でこもりは銃を構えて辺りをうかがう。「鈴木」の姿はもちろん、例の黒スーツたちの姿も見えない。

「どうですか、義兄さ──」

 凸守でこもりはそこで言葉を切った。倒れている警察官から、タバコとわずかに焦げた臭いがするからからだった。

「離れて!」

 慌てて栗花落つゆりを警察官から引き剥がし、マスクを剥ぎ取る。

「女⁉︎」

 あどけない表情をしているところを見ると、まだ10代と思われる。少女と言って差し支えないだろう。

「お前は誰だ」

 凸守でこもりの問いには答えず、少女はおもむろにそっぽを向く。

 一瞬、凸守でこもり栗花落つゆりは戸惑った。

 この緊迫した雰囲気の中で、しかも敵を目の前にしたこの状況でありながら、少女はあたかも自宅に寝そべっていたら誰かに呼ばれた、といったような仕草で《「あさっての方向》》を向いたのだ。

 そしてすぐさま少女は凸守でこもりたちの方へと向き直る。

 ただし、今度はどういうわけか目を閉じていた。

「一体この子は何を……⁉︎」

 凸守でこもり栗花落つゆりはともに1歩後ずさった。

 少女がカッと目を見開いて2人を見たからだ。

 正確には凸守でこもりたちのを見ていたのだった。

「後ろだ!」

離れたところにいたいちじくの声に2人は振り返る。

「やあ、お久しぶりです」

 そこにいたのは「鈴木」だった。

「『天照アマテラス』発動!」

 凸守でこもり栗花落つゆりの胸には「鈴木」の手が置かれていた。


 そして次の瞬間──


「グアアアッ!」

 2人の全身が漆黒の炎に包まれる。

 それでも前回と同様、栗花落つゆりに怯む様子はない。

 燃やされながらもライフルを構えると、銃口を「鈴木」に向ける。

 だが、距離が近過ぎた。

 引き金を引くよりも早く、「鈴木」は銃身をつかみ、自らの顔面を捉えていた銃口を上に向けた。

 はあえなく天井に当たって砕ける。

 ライフルもまた黒い炎に包まれると、あっという間に曲がってしまう。まるで飴細工のようにだ。

「このクソ野郎め!」

 ライフルを「鈴木」に投げつけると、両手に雷のスキルを発動させる。

「義兄さん!」

 凸守でこもり栗花落つゆりにラグビーのタックルさながら腰のあたりに体当たりして抱え上げる。

「トツ! 何をしてる! 離せ!」

 暴れる栗花落つゆりを無視してそのまま走り出す。

「鈴木」が追って来ようとするが、いちじく法華津ほけつが仮死弾を打ち込む。

 当たらなかったが、「鈴木」たちは柱に身を隠してやり過ごさねばならなかったため、追撃を許さなかったのだった。


 なんとか仲間の元へと辿り着いた凸守でこもりは「闇属性 深い闇の霧スキル発動!」と、自らと栗花落つゆりの炎を消し去る。

「大丈夫か!」

 |九は「鈴木」と少女にライフルの銃口を向けたまま叫んだ。

「は、はい! なんとか……」

 凸守でこもりはマスクを外して「ブハッ!」と息をする。

 焼かれた状態で大きく空気を吸い込むと、黒い炎も一緒に吸い込んでしまい、肺を焼かれかねないからだ。

「この臆病者め! あそこで仕留めるべきだろ!」

「落ち着け! ツユ!」

「しかし!」

 栗花落つゆりの肩を鷲掴みにすると、強引に自分の方へと引き寄せたのだった。

「トツの判断が正しい。あのままでは『鈴木』を倒す前にツユは焼かれてたはずだ」

 改めて「天照アマテラスで焼かれた全身を見てみる。プロテクターがすっかり溶けてしまっていた。

 想定していたよりも火力が強い。もしもこれが生身のままだったらと思うとゾッとするのだった。

「クソッタレ!」

 使い物にならなくなったプロテクターの残骸をはぎ取ると、床に投げつけた。プロテクターは床ではしゃげてしまう。

 栗花落つゆりはイラついたように歩き回りながら大きく深呼吸する。それを何度か繰り返し、顔にかかった前髪を撫で付けた時にはもう、いつもの冷静な警部の表情に戻っていた。

「すみません。お手数をおかけしました」

「仕方ないさ。仲間をヤッた奴らを目の前にしたら誰だって我を失うさ」

 いちじくは「だかな」とライフルの中の麻酔弾を装填する。

「他府県への応援をだしているが、いつ来るかわからん。自衛隊にも要請するよう掛け合ったが、横の繋がりがどうのとラチが開かない。つまり我々がこの日本の最終防衛となるわけだ」

|凸守は内心では(ずいぶん重たい任を背負うことになってしまったな)と顔をしかめた。

「今のところ『八咫烏ヤタガラスのメンバーは『鈴木』とあのニセ警官だけだが、何をやって来るかわからん。決して油断──」

「ど、どうかしたんですか⁉︎」

 法華津ほけつは眉毛を持ち上げた。全員が自分を見ているので、戸惑っているのだろう。

「ケツ! 動くな!」

 凸守でこもり法華津ほけつの肩を両手で叩く。いつの間にか燃やされていたのだった。

 対応が早かったおかげで、プロテクターの表面がわずかに焦げただけですんだのだった。

「とりあえず隠れましょう。

 凸守でこもり法華津ほけつとともに、いちじく栗花落つゆりはペアになってそれぞれなんとか崩れずに残っている柱の後ろに移動した。

「奴さん、炎を飛ばせんのか」

「そんなはずはありません」

 いちしくの言葉に栗花落つゆりは頭を振る。

「間違いなく『鈴木』は接触タイプです。何より、1番後ろにいたケツを燃やすために火を飛ばしたのなら、その間にいる我らの誰かが見たはずですが──トツ! 見たか!」

 突然を声をかけられたので戸惑った。が、すぐに「いえ」と答える。

「わたしもだ。キュウさんはどうです?」

「何も見ていない」

「『神威カムイ属性のスキルは1人につき1つ。ということは──」

 凸守でこもりたちは必要最小限だから走らないの影から頭を出すと、前方にいる敵をうかがった。

 向こうも同じように柱に身を隠したまま、凸守でこもりたちの出方に注視している。

「義兄さんが言うように、あの『ニセ警官』の『神威カムイ属性』のスキルを持っていると考えて間違いないですね」

「そうだな」

 すると凸守でこもりの後ろで「ふっ」と笑う声。

「なんだ?」

「ツユさんとトツさんって、仲直りできたんですね」

「やかましい!」

 と、肘打ちを入れてやったが、プロテクターと従来の頑強さのせいで、|法華津「ほけつ》は意に介す様子は微塵もない。

「てことは、どんな能力かを確認しておく必要がありますね」

 首をポキポキと鳴らしながら、やる気を出している。

「ケツ。お前は待機だ」

「は? ツユさん、何言ってるんです? ここは下っ端のぼくの役目でしょ」

「お前には幼い子供と奥さんがいる。そわな奴に行かせられるか。わたしが行く」

「そんな!」

「下がれ。これは上司命令だ」

「だったらツユ。お前も下がれ。プロテクターをほとんど失ったお前じゃ役に立たん」

「キュウさん。アナタは我々の指揮官だ。ここで死なせるわけにはいかない!」

「死ぬつもりなんでないさ。だろ? トツ」

「はい。俺が何がなんでも『天照アマテラス』を決して見せます」

「なら、ぼくも行かせてください!」

「馬鹿! 何度も同じことを言わ──」

 いちじくは手で制した。

「下手したら死ぬぞ」

「警察官になった時からその覚悟はできてます」

「というわけだ。ツユ、しっかりと確認してくれよ」

 唇を噛んで法華津ほけつをにらみつけていたが、やがて諦めたように息を吐き出した。

「ケツ。死ぬなよ」

「もちろんです」

「キュウさんも」

「ああ」

 眼鏡を押し上げると、グッとアゴを引く。

「トツ。妹の墓前に、お前の訃報を報せに行くなんて役目を、わたしにやらせるんじゃないぞ」

「はい」

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