第7-1話 君も戦ってくれるか

「最後に、諸君たちに現状把握できていることを伝えておく」

 モニターがある部屋とはまた別の場所に、凸守でこもりたちは集められていた。

 この日非番だった者、警視庁の建物内にはいなかった者たちがぞくぞくと招集されていた。

 それでも総勢で50名もいなかった。

 想像している以上に、この国の防衛に携わる機関はダメージを受けていることを意味しているのだった。

 だからといって、このままテロリストたちには屈することはできないのだ。

 いちじくは美兎が開発した装備一式を身にまとった同士たちを見回す。

「相手は『神威カムイ属性 |天照「アマテラス》』という特殊なスキルを使う。

 それから『鈴木』以外の黒のスーツを着込んだ者は、メイン属性に何やら爆発系のスキルを所有している可能性が高井。

 そのため、基本的には『八咫烏ヤタガラス』のメンバーの命を奪うのは禁止だ」

 いちじくは表情をさらに厳しくさせる。

「みなもすでに気がついているだろうが、敵について、中でも『神威カムイ属性』についてわかっていることは非常に少ない。

 だが、現状では『天照アマテラス』は、闇と光属性とが同じであると考えて間違い。

 火、水、土、雷、風の基本の5属性の場合、手から出したり、空間に発生させたりすることでスキルを発動できる。

 それに対して凸守でこもりのような闇属性や光属性を持つ者は、何かしらの予備動作を行わなけばならないのだ。

 例えば相手の記憶を消すのなら、その人物の頭に触れなければならない、といった具合だ。

 栗花落つゆり警部は、『鈴木』と一度対峙している。その時のことを警部から話してもらおうと思う」

 代わって栗花落つゆりが前に出る。

「『鈴木』がわたしに触れた際、その部分が発火した。そのことからで『天照アマテラス』はだと思われる。

 しかも火力は相当なもので、対火属性用の警察支給のスーツの一部が溶けて──」

(そう。仮に相手に触れることなく『天照アマテラス』を発動できるなら、わざわざ義兄さんが近づいて来るまで待つ必要はない。

 むしろ接近戦になる方がリスクが高いのだから、離れた場所から俺たちに攻撃すればいい。

 そうしなかったのは、義兄さんが言うように『鈴木』は接触タイプだったからだ。だが──)

「『鈴木』が接触タイプであると諸君に伝えた時、わたしがあえて『かなりの確率で』と言ったのは、気になることがあるからだ。

 わたしが『鈴木』に攻撃を加えようとしたその時、気がついたら壁まで吹っ飛ばされていたからなんだ」

 集まった警察官たちからどよめきが起こる。

小比類巻こひるいまき博士の話では、『神威カムイ属性』のスキルは1人につき1つしか所有できないそうだ。

 だから気がつかない間に『天照アマテラス』以外の攻撃を受けたのかもしれない。だが、『鈴木』はもちろん、『|八咫烏「ヤタガラス》』のことはほとんどわかっていない現状では、あらゆる可能性を排除すべではない。

 そこでもっともあり得る可能性を探るとすれば──」

 全員が固唾を飲んだ。

「『鈴木』以外にも『神威カムイ属性』のスキルを持っている者がいる、と考えるのが自然だ」

 重苦しい空気が辺りを包む。

 それはそうだろう。

 対象物を焼き尽くすまで消えることがない「黒い炎」だけでも厄介なのに、それ以外にも「神威カムイ属性」を所有する者がいるかもしれないのだ。

 まるで溺れた時のように息がしにくい。

 そこにいる者たちは溺れてしまうのではないかと誰もが思ったその時だった。


「大丈夫ですよ!」


 一際明るい声が響き渡った。




 そんな雰囲気を破ったのは小鳥だった。


「大丈夫ですよ!」

 最後尾にいたため、全員が振り返るのだった。

 彼女もまた美兎のプロテクターを着込んでいるのだが、サイズが大きいものしかなかっため、埋もれてしまいそうになっているのだった。

 亀のようにプロテクターから首をニュッと出す。

「だって、こっちには我らが所長のトツさんがいるんですから!」

「なっ……」

 隣にいた凸守でこもりは目を見開く。そんなことなどお構いなしに、小鳥は続けるのだった。

「トツさんは、燃やされたツユさんの炎を闇属性のスキルで消しちゃったんですよ。シュッ! って──ね?」

 話を振られても困ってしまう。どうしたものかと戸惑っていたら、どこからともなく笑い声が起きた。

 初めは「クスクス」といった控えめなものだったのだが、やがてそれは伝染していき、屈強な警察官たちは肩を揺すって笑っている。もちろん不謹慎なのでかなり堪えているようではあるようだったが、一瞬にして重苦しかった空気が一変したのは間違いなかった。

「まあ、そういうわけだ」

 いちじくが引き取った。

「厳しい戦いにはなるとは思うが、これは我々警察と国家転覆を狙うテロリストとの戦いだ。

 国民の安全を守るのが我々の使命だ。

 そして志半ばで散って行った仲間の無念を晴らすためにも、この戦いは負けるわけにはいかない。

 全員、心してかかってくれ」

「はい!」

 テキパキとした動きで警察官たちが配置についていく。

「わ、私はどうしたらいいんですかね?」

 小鳥が迷子の子供のように不安げに眉毛をハの字にしている。

小鳥遊たかなしさんは博士と一緒に始めに集まっていたモニターの部屋で待機したてくれますか?」

「で、でもキュウさん……」

「我々に任せてください。それにアナタの『月詠ツクヨミはトツの良さを消してしまうので」

「小鳥」

 凸守でこもりは小鳥の背中に触れた。

「え?」

 今度は驚いたように眉を上げた小鳥に対して、凸守でこもりはうなずくのだった。


          *

「美兎ちゃん、ちょっと聞きたことがあるんですけど」

 全員が「八咫烏ヤタガラス」を迎え撃つべく配置に着くと、モニター部屋では小鳥がおぼつかない足取りで美兎のところへ行く。

 プロテクターが大きいため歩きにくいようだ。

 ここには必要最低限のスタッフしかいないため、かなり先ほどと比べるとかなり寂しい状態になっている。

「なんだ」

 本を読んでいた美兎が顔を上げる。

「私の『月詠ツクヨミって、呼称タイプって聞いたんたんだけど」

「そのようだな。わたしもトツから聞いたよ」

「でも、『鈴木』の動きを止めろ! って言っても発動しなかったんだけど……それって私が使いこなせてないだけなのかな」

「そういうわけではないと思うぞ。もちろん未熟であるのは間違いないだろうがな」

「どういうこと?」

「タンスや石などと違い、意識を持った者の場合なら、呼ばれたが自分の名前だと当人が認識していないと呼称タイプのスキルは発動しないんだ」

「てことは『鈴木』っていうのは……」

「偽名だってことだ。そもそも「別天津神ことあまつかみ計画』で生まれた子供たちには、便宜上『佐藤』『田中』『鈴木』『高橋』といった仮の名前をつけて呼んでいただけだ。名前というより記号に近いんだろう。だから『鈴木』もそれが自分の名前として認識はしていなかったのさ」

「じゃ、一郎さんも……」

「婚約者のことか?」

「はい……私が彼を呼んだ時、一郎さんはどう思ってたんだろう。内心では『何言ってんだろ、コイツ』とか思ってたのかな」

「それはないと思うぞ」

「慰めはいいですよ」

「婚約者のステータスには、ちゃんと名前が書かれていたんだろ? だったら本人がちゃんと『佐藤一郎』として認識していた証拠だ。ちなみにわたしは仮定の話はしないし、他人を慰めたりはしない。事実だけを述べる主義だ」

 何よりも──と美兎は遠くを見るような目をする。

「婚約者はお前を守るために、『大蛇オロチ』をトツに託したんだろ? お前に名前を呼ばれることは、うれしかったんだと思うぞ」

「あれ? 仮定の話はしないんじゃなかったんですか?」

「名前を呼ばれて嫌な奴なんかと、婚約などするわけがない──という事実から導き出した結論だ。根拠のない推論ではない」

「ですね」

 小鳥は微笑むと頭を下げた。

「ありがとうございます。なんか、元気出ました」

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