第6-4話 君を忘れるなんて……

小鳥遊たかなしさん、申し訳ありません」

 いちじくは「鈴木」との電話を切ると、すぐに頭を下げたのだった。

「アナタをまるでにするような真似をしてしまった。さぞかしお気を悪くされたでしょう」

「い、いえ、そんなことは……」

 小鳥は恐縮したように顔の前で手を振るが、真面目な警視正は依然として厳しい表情を崩さない。

「このような状況ではあまり説得力はありませんが、警察の威信にかけて、貴方をお守りすると約束します。ですから、どうかお許しください」

「とんでもないです!

 気を悪くなんかしてないです! むしろ私なんかがでいいのかと思ってるくらいで……」

 その後、小鳥は「あの」と遠慮がちに切り出すのだった。

「どうして私の──というかトツさんの奥さん……っていうかツユさんって言った方がいいのかな──妹さんの……あれ? 何を言おうとしてたんだっけ?」

 混乱してしまい目を白黒させる小鳥だったが、いちじくはすぐに何を言わんとしているのかを察したのだろう。

「奴らがなぜ『月詠つくよみ』に食い付いたのか? ってことでしょうか?」

「そうなんです! だって『神威カムイ属性』ならトツさんのサブ属性にもあるわけですし──」

 そこまで言うと、小鳥は言葉に詰まらせるのだった。

 凸守でこもりのサブにある「神威カムイ属性」とはつまり、かつて婚約者の「佐藤」が所有していた「大蛇オロチ」のことなのだ。

 今まで考えないようにしていたのだろうが、はからずも自分が言った言葉で彼を思い出してしまったのだろう。

 それを知ってか知らずか、美兎が引き継いだ。

「それはわたしが説明した、『メイン属性は所有者の人体に影響する』ことが関係してるのさ」

「ど、どういうこと? 美兎ちゃん」

「み、美兎ちゃん⁉︎」

「え? ダメだった? 歳も同じくらいだからいいかなって──」

「まあ、構わないが。話を戻すが──『鈴木』の『天照アマテラス』は言うなれば火属性の亜種。

 もちろん基本属性に数えられている一般的な火属性に比べれば、『天照アマテラス』の火力は桁違いだ。

 おまけに『天照アマテラス』は一度発火すると対象物を燃やし尽くすまで消えない、という代物。

 ただしその異常なまでの火力は、所有者の体内も焼くんだ」

 全員が息を呑んだ。

 同時に初めて「鈴木」と会った際に鼻をついたタバコ以外の焦げるような臭い──あれは「天照アマテラス」が「鈴木」自身を燃やしていた臭いだったというわけだ。

「だから『月詠つくよみ』が必要だというわけか」

 栗花落つゆりの言葉に美兎はうなずく。

「お察しの通りだ。

 防犯カメラなどに映る様子を分析したところ、かなり鍛錬しているらしいな。

 おそらく海外で傭兵として活動していた時に、ある程度火力をコントロールできるようになったようだ。

 だからと言って、自分の体を燃やされるのを完全に止めることできないらしい。

 そこで必要となるのが──」

 今度は全員が小鳥を見る。彼女は驚いて目を白黒させていた。

「『神威カムイ属性』はその特異性からか、自身だけでなく周囲の者にも影響を及ぼす。

 つまり『月詠ツクヨミ』の所有者を手元に置いておけば、『天照アマテラス』の効果を止められると考えたんだろう」


 話がひと段落したところで、タイミング良くドアが開いた。スタッフがワゴンを押して入って来たところだった。

「お待ちかねのモノが届いたようだな」

 美兎がワゴンのところまで歩いて行く。

「これはわたしが開発したプロテクターと、特別仕様のライフルと拳銃だ」

 そう言いながらヘルメットと面を持ち上げるのだった。それぞれ片手で難なく持てるところを見ると、かなり軽量にできているらしい。

 ヘルメットの方はモトクロス競技に使うような形をしていて、ツバがついている。面の方は目の部分だけ穴が空いていて、それ以外は顔全体を覆うようになっているのだった。

 他にもキャッチーが着用するようなプロテクターが用意されている。

「これらは全部、対『天照アマテラス』用だ。万が一全身を焼かれたとしても、理論上は数秒間耐えられるはずだ」

「ずいぶんと用意周到だな」

 栗花落つゆりの言葉に、美兎は唇を歪めた。もしかしたら無理にでも笑おうとしたため、ぎごちない表情になってしまったのかもしれない。

「お偉方は『鈴木』が日本に入って来た時から、この日のことを想定していたらしい。ある日突然、開発するように指示が出た。無論、でな」

「ちょっとよろしいでしょうか?」

 法華津ほけつが参観日に、親の前でいいところを見せようと張り切る小学生のように手を挙げているのだった。

「なんだ?」

「理論上、とか。数秒間とか、はず──なんて聞こえたような気がしますが。もしかしてまだ実戦では試してない?」

「当然だろう。それともお前は、『天照アマテラス』級の火力を出せる火属性の知り合いでもいるのか」

「そ、そんな知り合いはいませんが……」

「こっちだって、こんな不完全なものを出すのは不本意だ。

 施設にあったデータと、これまでの『鈴木』の目撃情報から推論し、それを元に作るしかないんだからな」

 だが──と今度はライフルを手にする。

「こっちは違うぞ。すでに効果は実証済みだ」

 いちじくは拳銃の方を持ち、しげしげと眺めている。

「見た目は我々が普段使うものと何ら変わらないようですが」

「特殊なのは『弾』の方だ」

 手のひらに銃弾を出す。

 先端には注射針が付いているのだった。

「この弾に撃たれると気絶状態になるんだ。

 誤って頭に打ち込んでも絶命しないから思う存分ぶっ放せ」

「なぜ気絶させる必要がある?」

 栗花落つゆりだ。

「奴らこれまでに一体何人殺めてると思ってるんだ。すでに万死に値する輩だ」

「法の番人とは思えない発言だな。

 まあ、気持ちはわからなくはないが、手当たり次第に殺してしまっては、むしろ奴らの思う壺だと思うがな」

 凸守でこもりたちはハッとする。

 警視庁で凄惨な光景を目にして来たばかりだからだ。

「奴らがどんなメイン属性を持ってるかわかったものじゃない。だから気絶させるんだ。動きを奪いつつ、を防ぐためにな」


        ***

 死亡した人間が持っていたメイン属性は、半径6メートル以内にいる『相応しい者』のサブ属性に入る。

 ここで言う『相応しい者』とは──


1.サブ属性を持たない者。

2.ランクの低いサブ属性を所有している者。


 1.に関しては説明不要だろう。

 問題の2.について補足すると──まず『属性』にはランクがある。

 最低のF《エフ》から最高ランクのSSSスリーエスまでだ。

 高いランクの属性を持つ者には、低いランクの属性は入らない。

 Aランク属性を持っている者には、Cランクの属性は入らないというわけだ。

 ここで厄介になってくるのは、敵が望まないメイン属性を所持していた場合だ。

 あえてターゲットの近くで自殺して、相手のサブ属性に自分のメイン属性を無理矢理所持させる、などといった戦術を取ってくる可能性があるからだ。

 探偵事務所で「鈴木」は黒スーツを着た者の頭を銃で撃ち抜いた。その後、他の黒スーツが爆発した。

 あれは最初の黒スーツが持っていた「爆発」系のメイン属性が、他の黒スーツのサブ属性に移動したのだろう。

 おそらく警視庁でもこの方法を行っていたはずだ。

 でなければ大人数の警察官たちを一気に倒せたはずがない。


        ***

 美兎は全員の顔を見回す。

「ここいる者で、サブ属性がSSSスリーエスランクなのは『大蛇オロチ』を持つトツと『月詠ツクヨミ』の小鳥だけだ」

 いきなり愛称で呼ばれたので、凸守デコモリはガラにもなくドキッとしてしまった。

「それ以外は最高でもAAAトリプルエー

 視線は栗花落つゆりいちじくに向けられる。

「万が一、Sランク以上の爆発系だのそれ以外の即死系のスキルを持っている輩たちが死ぬ覚悟で特攻されたら、こっちは一気に全滅もあり得るからな」

「博士。そんなことがあり得るんでしょうか。正直、わたしはSランク以上の属性は初めて見ましたが」

 いちじくの言葉に誰もがうなずくのだった。

 それだけ『神威カムイスキル』は希少だということだ。

 美兎もそのことに異論はなかったようだが、それでも慎重に口を開くのだった。

「わたしも同じだよ。

 だかな。海外でも『別天津神ことあまつかみ計画』のようなことをしていると話したよな? 

 中にはテロリストに物騒な属性を売りつけている集団がいると聞く。

 しかも『鈴木』はあちこちで傭兵をやっていた奴だぞ?

 その時に構築したテロリストたちとのパイプを使い、ヤバそうな奴らを雇っていたとしても不思議じゃない」

 美兎は全員の顔を見渡すと、確認するようにもう一度繰り返すのだった。

「くれぐれも手当たり次第に殺すんじゃないぞ。奴らを殺すということは、墓穴を掘るということだ」

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