第6-3話 君を忘れるなんて……

「話を続けても構わないか?」

 美兎がそう言うと、いちじくは「お願いします」と促した。

 相変わらず栗花落つゆりは自分の気持ちに整理ができていないようで、イラついたように歩き回っている、

 そんな栗花落つゆりをしばらく目で追った後、美兎はまた話を再開させるのだった。

「首尾よく脱走することができた少女だったが、すぐに行き詰まってしまったようだ。何せ当時13歳──中1の子供だ。自分1人が生きて行くのも至難の業なのに、乳飲み子を含めて11人も連れ出したんだからな。

 脱走したはいいものの、途方に暮れたことだろう。

 それでも彼女はその時にできる最大限のことをやった。

 孤児院や病院、裕福と思われる家の前など、引き取ってもらえそうな子供たちを置いていったんだ」


 人を探して欲しいんです──


 凸守でこもりは、ふと妻と初めて会った時のことを思い出していた。

 探偵事務所にやって来た彼女は「兄弟や姉妹を探して欲しい」と言った。

 だが、幼いころに生き別れた兄弟姉妹たちの名前はおろか、顔写真さえなかったため、すぐに調査は打ち切ることになってしまったのだった。

(妻はずっと後悔していたのかもしれない。地獄のような『|別天津神(ことあまつかみ》計画』の施設から連れ出したはいいが、結局全員が離れ離れになってしまったわけだ。

 そんな後悔の念から、なんとか子供たちの安否だけでも確認したかったため、俺のところに来たのか……)


「政府の方で子供たちの行方を追うことはできなかったんでしょうか」

 いちじくが聞いた相手は、パソコン画面の向こうにいる幹部たちだ。

『当時は今ほど防犯カメラの設置はされていなかったからな。ほとんどの行方は追えていない。

 加えて『神威カムイ属性』は『***《アスタリスク》』と表示される。

 研究施設で正式に調べない限り、単なるエラーだと見過ごされただろう』

 フッと短く笑う声が聞こえた。

 美兎だ。

「やはり使えない連中だ」

 パソコンの向こうに聞こえるかどうかの絶妙な声のトーンだ。

 画面から『なんだって⁉︎』『急に音声が悪くなったな』などとぼやいているのだった。


 凸守でこもりはここでようやく腑に落ちた気分だった。

(『佐藤』が18歳になってもなお、『神威カムイ属性』を持ちながら『人柱』にされなかった理由がわかったからだ。

 本来ならランクを上げるために凄惨な拷問を受け、最終的には『上級国民』のために殺されていたはずだ。

 それを免れたのは、ある意味『大蛇オロチ』というスキルが特殊だったからだろう。

 このスキルだけ『***アスタリスク』ではなく、7属性のいずれかを表示するからだ。研究所の社員たちも、単なる「ハズレ」スキルだと見逃したというわけだ)


 するとこれまでずっとやり込められるばかりの幹部連中たちが、急に声を大きくするのだった。

『ほとんどの子供の行方はわからないが、「鈴木」に関してはある程度こちらで動きはつかめている』

 幹部は老眼鏡をかけ、資料に目を落とした。

『当時の「鈴木」は10歳で孤児院に引き取られ、15歳で姿を消す。

 その後、外国の紛争地でたびたび傭兵として戦争に参加している姿を確認。

 今から3年前。突如としてこの日本に姿を現わす。

別天津神ことあまつかみ計画』の施設を襲撃し、被験者たちを逃したんだ。これは我々が調査したもので──」

 あたかも自分たちの手柄のように胸を張っている。しかし部下たちに調べさせたのはわかっているため、それには誰も取り合わなかった。

「あの……」

 小鳥が遠慮がちに手を上げた。

「なんで日本に戻って来たんでしょう?」

 法華津ほけつも「ですよね」と首をひねる。

「当時の子供は闇属性で頭の中をリセットされてたんですよね。だったら計画のことも知らなかったはずじゃあ……」

「『神威カムイスキル』は所有者だけでなく、周囲の人間にも影響を及ぼすんだ」

 美兎が足を組んだ。

「つまり『月詠ツクヨミ』スキルを持った少女の近くにいた子供たちは、多少なりとも現状を把握していたと考えられる。

 もしかしたら少女が子供たちと別れる間際に説明していたかもしれない。

 ともかく当時10歳の『鈴木』なら、何が起こっていたのかくらいは理解できていても不思議じゃないだろうな」

「ということは──」

 壁にもたれていた栗花落つゆりは、怒りの表情のまま腕を組んだ。その姿は自分の身を守っているようだった。

「『鈴木』が日本に戻って来た目的は、この国に復讐すること──だと考えて間違いないようだな」

 するとまた机を叩く大きな音が鳴った。いちじくだ。

「それを知りながら、どうして警察に情報を共有しなかったですか! そのせいで我々は多くの仲間を失ったんですよ!」

『落ち着きたまえいちじく警視正!』

 またパソコンの中のお偉方だ。

『この案件に対処するにはだね、まずは様々な部署や省庁などに話を通さなければならないのだよ。

 そのため安易に君たちに情報を共有するわけには──』

 もう一度机を叩こうといちじくが拳を振り上げたその時、勢い良く会議室のドアが開けられた。

「お話中すみません、警視正! これを見てください!」

 全員が初めてここに来た時に集められた「NASAの基地」のような部屋へと移動する。

「アイツは⁉︎」

 栗花落つゆりが叫ぶ。

 大きなモニターには「鈴木」の姿が映っているのだった。やあ、日本政府のみなさん。これを見てくれていることを期待するよ』

 どうやら街中の防犯カメラをジャックしたらしい。「鈴木」の背後には、普通に道を歩く市民が映っているのだ。

 時折、怪訝な表情で「鈴木」を見ている者はいるが、ほとんどはスマートフォンに目を落としているか、足早に通り過ぎて行くため、特に気にする者はいないようだった。

「鈴木」はニヤリと笑う。

『もうとっくにご存知だろうが、我々「八咫烏ヤタガラス」の目的はこの日本政府の壊滅だ。

 腐り切ったこの国を、『イマイチド センタク イタシ ソオロウ』というわけだよぉ。

 もしも我々『八咫烏ヤタガラスの要求に従い投降するというのなら、こちらも平和的な解決を提示する準備はできている。

 だが、あくまでも抵抗するというのなら、やむを得ないが──』

「鈴木」はスーツの内ポケットから拳銃を取り出すと、そちら方を見ることもなく引き金を引いたのだった。

 ちょうど通りかかった歩きタバコをしていた若者の頭から血が吹き出す。

 そのまま崩れるようにして倒れるのだった。

 どこからともなく悲鳴が上がり、辺りは騒然となるのだった。

 一瞬にしてモニターの中は逃げ惑う人たちでパニックになり地獄絵図と化す。

『もしも交渉する気があるなら、ココに連絡をしてくれたまえ』

「鈴木」は画用紙を画面に向ける。それには携帯の番号が書かれていた。

「ナメやがって! ここはどこだ!」

 栗花落つゆりは近くにいたスタッフに鬼気迫る表情を向けるが、「待て!」とすぐにいちじくが止めた。

 そして自分のスマートフォンで電話をかけ始めるのだった。

 しばらくすると、モニターの中の「鈴木」の内ポケットから呼び出し音が鳴る。

 口が『おっ⁉︎』と動いたのがわかった。

「もしもし、わたしはいちじく警視正だ」

『これこれは警視正どの。お早い対応感謝しますよぉ。

 ところでこれは投降のための電話ですか?』

「今から言う住所に来い。殺してやる」

『おやおや。警察がそんなことを言っていいんですか? それに立ち場をわきまえた方がいい。

 我々がそちらの指示に従う義理はないんです。なんならここにいる人たちを、これから皆殺しにしてもいいんねすよ?』

「そんなことをしてみろ。『月詠つくよみ』は永遠に手に入らなくなる」

 小鳥は目を見開いて驚いている。もちろん凸守でこもりも平静ではなかった。中でも1番驚いているのは栗花落つゆりだった。

 だが、いちじくの考えは理解できていたのだろう。何も言わずに口をつぐんでいるのだった。

 モニターの中の「鈴木」はうなずいている。口元には笑みが浮かんでいた。

『わかりました。では、住所を教えていただけますか?』

 いちじくはこのビルの住所を告げる。

「言っておくが、ここへ来るまでの道中、お前たちの行動はすべて監視させてもらう。

 万が一民間人に被害が出た場合、その時点で交渉決裂だ」

 再び「鈴木」は頬を持ち上げた。

『仰せの通りに』


 一気に緊張感は高まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る