第6-2話 君を忘れるなんて……

「何を馬鹿なことを──」

 |栗花落(つゆり》はそう言って口角を持ち上げたが、すぐに真顔になる。

「本気で言ってるのか⁉︎ 冗談のつもりなら、センスのカケラも感じないが」

 美兎はそこで初めて振り返り、栗花落つゆりを見た。

「なるほど。その様子だと、知らないフリをしているわけじゃないんだな。

 まさか身内にも内緒しているとはな──まあ、考えてみればそれはそうか」

 得心したようにうなずくと、まるで独り言のようにつぶやくのだった。

「何せ『神威カムイ』スキルは相当特殊だ。

別天津神ことあまつかみ計画』のことを知らなくても、すべての事象を『止める』スキルなんてものが存在するなんて世間に知れでもしたら、騒ぎになるのは避けられないだろう。

 騒がれるだけならまだいいが、施設に連れ戻される恐れがあるわけだ。

 単なるエラーとしてやり過ごすのが正解だな」

 言葉の最後に、「脱走した件といい、実に頭のいい子だ」と言ったのだった。

 だが、栗花落つゆりは「馬鹿なことを言うな!」と、なおも食ってかかる。

「少女が脱走したのは今から40年以上前の話だと言ったのはアンタだ! 妹は生まれてもいない」

「わたしは言ったはずだぞ。

 少女のスキルはすべてを『止める』ことができるものだ、と」

 栗花落つゆりはグッとアゴを引く。

「まさか……」

「そうだ。メイン属性は所有しているだけで人体に影響を与えるのは知ってるな?

 例えば雷属性を所持している人間は、神経伝達が他人より早い。

 お前のようにメインとサブの両方を鍛錬してランクを上げた雷属性ともなると、弾丸をかわせるほどの反射神経を手に入れることができる。

 それは『神威カムイ属性』も例外じゃない。

 ただし先ほども言ったように『神威カムイ属性』の場合、1人につき1スキルしか使えない。サブを入れても最大2つだ。

 そのせいなのか、スキルの影響をに受けるんだ」

「ということは博士」

 いちじくが口を開く。

「問題の少女はそのスキルのおかげで、年齢や肉体の成長が止まっていたと?」

「ああ。そう考える方が自然だろうな。

 他の属性同様、鍛錬することでレベルを上げられ、コントロールすることが可能だ。

 成長を止めり進め、いくつかの孤児院や養護施設を点々としている。

 大人になってしまうと、養護施設などで引き取ってもらいにくくなるからだろう。

 そして『ある一家』に引き取られてからは、不自然にならないよう体を成長させていった。

 理由は簡単だ。

 ずっと13歳の少女のままだと、周りから不審がられるからな。

 いつまでも成長しないと、それこそ何かの病気じゃないかと体を隅々まで検査され、メイン属性に特殊なスキルが入ってることがバレかねない。そうなればやはり、施設に連れ戻される恐れがあるからだ」

 美兎がカバンから出した資料を長テーブルの上に置く。

「これは施設に熟されていた数少ない資料だ。見覚えがあるだろ?」


・氏名 林一美はやしかずみ

・年齢 13

・メイン属性 『***アスタリスク

・サブ属性 ナシ


 添えられている顔写真は、あどけなさの残る少女ではあるが、間違えるはずはなかった。

 それはここにいる栗花落つゆり戌徳いんとくの妹であり、凸守でこもりの妻である女性だった。


「施設を脱走した少女は、ほどなくして栗花落つゆり家に引き取られた。

 おそらく警察一家の|栗花落(つゆり》家を選んだのは、かつての仲間を探すのに都合が良かったんだろうな」

 美兎はパソコンの方に目を向けた。

「こういう情報は、もっと早く各部署に共有されると良かったんだろうがな。何せお偉方は各方面に話を通さなくてはならないらしい。おかげでわたしたちが知ったのはつい最近だ」

 たっぷりの嫌味を言われ、画面の向こうで言い淀むの声が聞こえてきた。

 だが、|凸守(でこもり》にはそれよりもやらなければならないことがあったのだ。

「義兄さん──!」

 そう言うのが早いか、栗花落つゆりに胸ぐらをつかまれて壁に押し付けられてしまったのだった。

 いちじくたちが慌てて止めに入る。

「ツユ! 落ち着け!」

「そうですよ! ツユさん! 暴力はいけません!」

 それでも栗花落つゆりは怒りの形相で詰め寄ってくる。

「トツ。お前はどこまで知ってた?」

「か、彼女のメイン属性が『神威カムイ属性』のスキルだということだけです……」

「その他は⁉︎」

「し、知りません……義兄さんのところに引き取られる前の名前が『林一美』というのも今知りました……」

「『別天津神ことあまつかみ計画』のことはどうだ! 妹から聞いてないのか! なぜ子供たちを逃したんだ! 逃した子供たちは今どうしてるんだ!」

「な、何も、き、聞いてません……ほ、本当です……彼女は何も言わなかったんです……俺はただ、妻の形見なので……」

「それは本当だと思います!」

 小鳥だ。

「私のサブ属性にある『月詠ツクヨミ』は、あなたの妹さんのスキルなんです。

 色々あって……私が預かることになっちゃったんですけど、その時にトツさんから言われたんです。これは妻の形見だって。だから離れたくないって──」

 栗花落つゆりは歯を噛み締める。折れてしまうのではと心配になるほど、ギシギシと音が鳴っていた。

 やがて凸守でこもりから手を離すと、壁の方を向いて「クソッ!」と拳を叩き込んだ。殴った壁が凹んでしまっていた。

「すみません……義兄さん。妻が残した言葉通り、『月詠ツクヨミ』を決してさえいれば……」

 栗花落つゆりは背中を向けたまま、何も言わなかった。

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