第4-4話 君も不気味に感じただろうか

 栗花落つゆりの頭部が無惨にも爆ぜ、脳が辺りに飛び散る──


 と思われたが、どういうわけか頭部が欠損したのは栗花落つゆりではなかった。

 彼は無事だ。


 では誰が頭部を失ったのか。


 答えは──頭を撃ち抜かれていない方の、もう1人の黒スーツの頭が吹っ飛んだのだった。


 訳がわからず凸守でこもりたちはサングラスの男を見る。

「おやおや。は上手くいったんですけどねぇ」

 どうやら敵にとっても予想外の出来事だったらしい。驚いているように見える。やはり目元が隠れているため予想するしかない。

 ただ、間違いないのは仲間であるはずの黒スーツが2人も死んだのに、意に介していないということだ。

「この鬼畜野郎が!」

 栗花落つゆりが1歩踏み出した。

 警察官として目の前で人が殺されたのだ。黙って見過ごすことができないのだろう。加えて正義感の強い彼にとって、サングラスの男の行動は許し難いのだった。

 栗花落つゆりが駆け出す瞬間、凸守でこもりは腕をつかむ。

「待ってください! 義兄さん!」

「離せ! トツ! あのクソ野郎を野放しにできるか!」

 義理とはいえ、栗花落つゆりとは兄弟という関係だ。

 凸守てこもりが彼の心情を読み取れていないはずはない。それでもこのまま敵の元へと行かせるわけにいかなかった。

 振り払おうとするのを羽交締めをするような格好で義兄を静止する。

「ここは一旦弾きましょう!」

「何⁉︎ バカなことを言うな!」

「あまりに危険です! だから体勢を立て直しましょう!」

「この腰抜け! だったらお前たちだけ逃げろ!」

「あ、あの……」

 小鳥だ。

 かすかに体を震わせているが、凸守でこもりの脇から顔を出し、サングラスの男を見た。

「ア、アナタの名前……な、なんて言うんですか?」

 一瞬、沈黙が訪れた。

 この緊迫した場面では、あまりにも似つかわしくなかったからだ。それでもすぐにサングラスの男は肩を揺すった。

「これは失礼しました、お嬢さん。ワタシの名前は『鈴木』と言います」

「そ、そうですか。じゃ──」

 小鳥は大きく息を吸い込む。

 やめろ、と凸守でこもりが叫ぶ間もなく、小鳥の口から「ある言葉」が放たれるのだった。


神威カムイ属性 月詠ツクヨミスキル発動! 『鈴木』の動きを止めて!」


 また沈黙が訪れる。


「お嬢さん、もしかしてアナタ……」

「鈴木」が1歩2歩と小鳥の方に向かって歩い来る。

「え? な、なんで動けるの⁉︎」

 小鳥が目を丸くしていたのだが、それは栗花落つゆりも同じだった。険しい表情を浮かべ、彼女を見つめている。

 だが、この中で1番驚きの表情を作っていたのはサングラスの男──「鈴木」だろう。

 おもむろにサングラスを外すと、そこから切れ長の目が現れた。目一杯に目を見開き、かすかではあるが、薄い唇が震えているように見えるのだった。

 まるであり得ない光景を目にした時のようだ。

「も、もしかして名前を聞き間違えた? じゃ、じゃあ、もう一回──」

「やめとけ!」

「え? で、でも……」

 凸守でこもりは床の絨毯を捲り上げると、そこには重々しい鉄の扉が現れる。屋上などにある緊急避難用のドアのようだ。

 1メートル四方の小さなもので、人1人が通れるくらいの大きさだ。

 はめ込み式のため、取っ手を持ち上げて開くと、地下へと続く階段が現れるのだった。

「義兄さん! ここはいったん退きましよ!」

 栗花落つゆりは呆然としたまま、小鳥を見つめている。そのためもう一度「義兄さん!」と叫ぶのだった。

「この場はとりあえず逃げましょう!」

「ふざけるな! 犯罪者を放置したまま逃げられるか!」

 凸守でこもりは胸ぐらをつかむ。

「あまりに不測の事態が多すぎる! このまま戦っても勝てるかどうかわからない!」

「だからお前たちだけ流ればいいだろ!」

「この分からず屋!」

 なおも抵抗する栗花落つゆりの胸ぐらをつかんだまま、強引に階段の中に押し込んだ。

 栗花落つゆりは勢い良く階段を転げ落ちる。

「小鳥! お前も早く階段を降りろ!」

「は、はい!」

 小鳥の体が完全に地下に潜ったのを確認すると、続けて|凸守(でこもり》もまた階段を降りる。

 ドアを閉める直前、「鈴木」を見た。

 何やら口元が動いた気がした。

 何を言ったのかは聞こえなかったが、凸守でこもりは背筋に寒気が走るのを感じていた。


 マタ アイマショウ ツクヨミ


 読唇術ができるわけではないため確実ではない。それでも「鈴木」がゆっくりと口を動かしていたため、当たらずとも遠からず、といったところだと確信している。

「トツさん! 何してるんですか!」

 先に降りた小鳥が階段を見上げていた。その横には憮然とした表情の栗花落つゆりもいる。

 我に返ると、ドアを閉めた。するとすぐに黒煙が上がる。

 やがて探偵事務所は真っ赤な炎に包まれるのだった。


 一方、探偵事務所では──


「す、『鈴木』さん。は、早く行きましょう……。ア、アタシたちまで燃えてしまいます……」

 これまでただじっと見守っていただけの、残りの1人の黒スーツが促した。オロオロとあたりを見回している。

 ずいぶんと小柄な人物で、顔だけを見るとまだ子供のように見えた。

「鈴木」は改めて事務所内を見回す。

「『大蛇オロチを回収しに来たんですけとねぇ。思わぬ収穫がありました」

 頬を持ち上げてそう言うと、黒スーツに蹴りを入れる。

 小柄な黒スーツはあえなく床に転がるのだった。

「このグズ!」

 まるで蔑むような視線を向ける。

「なぜ『月詠ツクヨミ』をこっち側に移動させなかったんですか?」

「す、すみません……」

「まったく! アナタは本当に使えない子ですねぇ、『伊藤』さん」

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