第3-2話 君ならどうしただろう

 実はここに来る前に、凸守でこもりたちは小鳥を取り戻すための作戦を入念に考えて来たのだった。


(どうして俺は、こんなにやる気を出しているんだろうか)


「佐藤」に考えた作戦を説明しながら、凸守でこもりは自分でも驚いていた。

 妻が亡くなってからというもの廃人同然で、何もやる気がせず酒に逃げていた。たまに来る依頼を受けても適当にこなしていたのだ。

 ひどい時には前金を受け取り、ろくに調査をせずに報告書をでっち上げていた。当然そんなことをすればすぐにバレてしまい、トラブルになることなんて1度や2度ではなかったのだった。

 そんな調子だから、これまでの凸守でこもりならきつと、例の水産工場で手掛かりがなくなった時点で、

「見つかりませんでした」

 と書いた報告書を小鳥に渡していただろう。追加料金と称して幾らかをもらい、依頼人が不満を口に出そうものなら、脅迫まがいのことをしてでも強引に追い払い、また酒浸りの日々に戻っていたはずだったのだ。


(それなのに一体、どうしたんだろうな……気の迷いにしてはずいぶん張り切ってるよな。近いうちに雪が降るかもしれないな)


 などと茶化してはいるが、凸守でこもりにはなぜ自分がこの若いカップルにこれほど入れ込む理由が自覚できていた。


 いわばこれは、凸守でこもりにとっての懺悔なのだ。


 心のどこかで、小鳥たちを救うことで妻を幸せにできなかったことを帳消しにできるかもしれないと、思っているからだ。

 もちろんそんな都合のいい話はないことは知っている。それでもどことなく妻に似ている小鳥を見た時から、動かざるを得なかったのだ。


          *

《彼女をさらった敵の狙いは君だ》

「佐藤」はゴクリと生唾を飲み込んでいた。彼の緊張感が伝わってくるようだ。

《正確に言えば君のメイン属性にあるだ。だから敵は間違いなく君を引き渡せと言ってくるはずだ。

 そこで俺は、君の背中に触れ、能力をことにする》

《伝達? なんですか? それは》

「佐藤」は目を丸くしている。

 それもそのはずで、「クロさん」という路上生活者に拾われたのが今から6年前。彼が18歳の時だ。「佐藤」はそれ以前の記憶がない。

 ということは、スキルをコントロールする訓練を受けていたとしても覚えていないわけだ。

 だから凸守でこもりは学校の先生よろしく、丁寧に説明してやる必要があったのだった。

《「伝達」とは、スキルを発動した状態で、誰かに触れることだ。

 例えば俺が「闇属性スキル」を発動したまま君に触れるとする。

 すると一時的にではあるが、君も「闇属性のスキル」を使用できるようになる。

 これを一般的には「伝達」と呼ばれているんだ》

《そんなことができるんだ……便利ですね》

《ただし、ここからが「伝達」する時の重要なポイントだからよく聞いてくれ》

 凸守でこもりが顔の前で人差し指を立てると、「佐藤」は生唾を飲み込んだ。

《実はスキルの「伝達」が可能なのは6秒間だけだ。

 つまり俺が君に触れて「闇属性のスキル」を「伝達」する。それから6秒経つと、君は「闇属性のスキル」を使えなくなってしまうんだ》

《つまり探偵さんに触れられてから6秒以内に、敵に触れないと駄目ってことなんですね?》

《そういうことだ。6秒以内に敵のボスと思われる人物に触れて動きを封じることができれば、彼女は助けられる》

《もしもし触れられなかったら?》

《現時点で失敗した時のことを考えても仕方がない》

《で、ですね……ぼくが「大蛇オロチ」を使いこなせてさえいれば……》

 何度か練習したのだが、とうとう狙った「属性」を出すことができなかったのだった。

《仕方がないさ。そもそも君は自分が「神威カムイ属性」で、「大蛇オロチスキル」が使えるのだと今日知ったんだからな》

 肩を落とす「佐藤」の背中に手を置く。

《自信を持て。君ならきっとやれる》

《で、ですね。なんだか勇気が湧いて来ました》

 胸を張る「佐藤」を見て、凸守でこもりは苦笑した。

(まさかこの俺が他人を励ます時が来るとはな……)

《あ、あの……》

 ふと見ると、また「佐藤」は不安げな表情を浮かべていた。

《せっかく考えていただいた作戦にケチをつけるつもりはないんですが》

《どうした?》

《敵に触れられるくらいの距離にまで、ぼくを近づけさせるでしょうか?》

《おそらく問題ないだろう。

 敵は君を捕えるのが目的だ。正確に言えば、「神威カムイ属性」が欲しいんだろう。

 ということはつまり、君を殺して奪おうとするはずだ》

《そ、そんな……》

《だが、ここでも「ことわり」が存在するんだ。

 死んだ人間のメイン属性は、『半径6メートル以内にいるのサブ属性に移動する』んだ》

《ということは……》

《「高橋」って奴が確実に「神威カムイ属性」を手に入れたいなら、可能な限り君を近くまで呼び寄せるはずだ》

《で、ぼくが敵に触れる、と》

《そういうことだ。

 人間というのは、予想外のことが起これば、少なからず戸惑うはず。

 そのスキに君は彼女を連れて、俺の方に向かって全速力で走れ。

 追っ手芽来るだろうが、それさ俺がなんとかする》

 凸守でこもりがうなずくと、「佐藤」もまたうなずき返す。その表情には、力がみなぎってきたような気がした。


          *

 凸守でこもりは「佐藤」の背中を乱暴に突き飛ばす。

「な、何するんですか⁉︎」

「悪いな。俺の依頼人は彼女の方なんだ。こっちには依頼人を守る義務があるんでな」

「て、てことは、ぼくを差し出すってことですか⁉︎」

「ああ。そういうことだ」

 凸守でこもりは「高橋」を見ながら、「佐藤」の襟首を持ち上げる。

「この男を引き渡せば、そっちの娘は無傷で返してくれるんだったよな、オッサン」

 凸守でこもりはそう言ったのだが、どういうわけか「高橋」はキョトンとした表情を浮かべると、後ろを振り返ったりしているのだった。

「おい、オッサン。聞いてるのか?」

 すると「高橋」は顔を真っ赤にさせる。

「テメェ! もしかして『オッサン』ってのはオラァのことか? 言っとくがオラァは27なんだからよォ」

「なっ……」

 凸守でこもりは目を見開き絶句する。それはそこにいる全員が同じ思いだったのだろう。「佐藤」や小鳥はもちろんのこと、黒スーツたちもまた「高橋」を凝視しているのだった。

「それはともかく──この「佐藤」を引き渡せば、そっちの娘は返してもらえるんだろうな」

「ゲッゲッゲッ!

 もちろんだよォ。オラァ『大蛇オロチ』が手に入りゃァ、こんな小娘には用はねえんだからよォ」

「佐藤」に向き直ると、凸守でこもりは「そういうわけだ」と、事もなげに言うのだった。

「だから大人しく捕まってくれ。それで丸く収まるんだ」

「嫌だ嫌だ嫌だ!」

 まるでスーパーでお菓子を買ってもらえない子供のように、その場にうずくまって手足をバタつかせるのだった。

 そんな「佐藤」を見て、鼻から息を吐く。

「世話を焼かせんなよ! お前の命1つで婚約者が助かるんだからいいだろ!」

 凸守でこもりは「佐藤」の腕を取ると、強引に引きずって行くのだった。

 十分に「高橋」との距離を詰めておかないと、6秒の間に「佐藤」が触れることができないかもしれないからだ。

「いい加減にしろ! 婚約者の前でよくもそんなにみっともない姿を晒せるな!」

「や、やめて! ぼくは死にたくない!」

 横目で距離を測る。約10メートルといったところか。

(このあたりから派手に蹴り飛ばして、「佐藤」にはのたうち回りながら近づき、すぐに立ち上がって飛びつく──そうすれば6秒以内に「高橋」に触れることがでからだろう)

 事前の打ち合わせ通り、凸守でこもりは「佐藤」を無理矢理立ち上がらせる。

「情けない奴だ」

 強引に前を任せると「佐藤」を敵の方へ向かせる。

 ちょうど一直線上に「高橋」がいるのだった。

(方向よし! ──闇属性 闇の霧スキル発動!)

 右手で「佐藤」の背中に触れようとしたその時だった。

 突然、地面が盛り上がる。

(これは⁉︎)

 湿り気のある公園の土が、、凸守でこもりの足を伝って上がって来る。

(クソ! なんだこれは⁉︎)

 抵抗する間もなく、あっという間に首から下を土で埋め尽くされて、凸守でこもりは芋虫のように体の自由を奪われてしまったのだった。

「ゲッゲッゲッ!」

 またあの耳障りな笑い声だ。

「残念だったなァ。探偵さんよォ。大方、そっちの兄ちゃんに、お前のスキルを『伝達』する予定だったんだろォ」

 凸守でこもりは舌打ちをする。

「なんだ、バレてたのか」

 冷静を装ってはいるものの、頭の中では(なぜだ⁉︎)と考えを巡らせいた。

 こんな事態を避けるため、普段から無闇に他人の前ではスキルを使わないようにしてきたのだ。仮にやむを得ず使用する場合は、必ずその者の記憶は消すようにしていたのだ。

 そんな凸守でこもりの思考を読み取ったかのように、

「なんでうまくいかなかったんだ? って顔をだなァ」

 と、「高橋」は自らのたるんだ頬を頬を持ち上げている。

「種明かしをしてやるよォ。

 実はなァ。お前のことを詳しく教えてくれた奴いてなァ」

 振り返ると、「お〜い、出てこいよォ」と声をかける。

 そこから背の低い汚い身なりの男が出て来たのだった。

「お前は……」

「どうも、旦那。その節はお世話になりやした」

 例の情報屋の小男だ。

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