第3-3話 君ならどうしただろう
「お前の記憶と体に書いたメモは、ちゃんと消しておいたはずなんだがな」
情報屋の小男はガタガタの歯をニッと見せた。
「こんなこともあろうかと、体を売らせてる女に録画させてたんでさあ」
Z地区に行った時の記憶を辿る。
(情報屋が蹴り飛ばしていたあの女か……売春させただけじゃなく、俺が来た時には録画するように伝えてたってわけか)
迂闊だったと唇を噛むが、今さら後悔したところでどうにかなるものでもない。
「おい、情報屋。ところで俺のことを録画したその女はどうしたんだ? 仕事をしたんだから、ちゃんと金を払ってやったんだろうな」
「まさか!」
小男は背中を丸めてさらに体を小さくしながら「グヘヘッ」と笑った。
「情報ってのは希少性が大事なんでさあ。だから他に持ってからちゃあたまりやせんから、当然その場で始末しておきやしたよ。
あんな薄汚え女なんか、代わりはいくらでもいやすからねえ」
「最低のクズだな。反吐が出る」
「これこれは、お褒めに預かって光栄でさぁ」
そう言って、うやうやしくお辞儀するのだった。その姿はあたかも執事がご主人さまにする時の仕草を真似ているようだった。
ただし目の前にいるのは、身なりのきちんとした厳格な執事とは似ても似つかない、小汚い男だったのだが──
小男は顔を上げると、またあの汚らしい前歯を見せるのだった。
「旦那が闇属性で、アッシの記憶を消せるスキルを持ってること。
他にも相手のスキルを消せることや、それからこれは重大なポイントなんですが──旦那は直接相手に触れないとダメだってことを、ちゃんとこちらの『男前の旦那』に伝えさせてもらいやしたぜ」
小男は得意げだ。
「旦那の闇属性のスキルは、完全に記憶を消すわけじゃないんでさあ。あくまでも《思い出しにくくする》だけでさあ。だから何かきっかけがあれば、霧が晴れるように記憶が蘇る、でしょ? 旦那」
(こんなことなら、再起不能になるくらいまで記憶を消してやれば良かったな)
実際にそのようなスキルを有しているのだが、また情報屋の小男を利用するかもしれないと考えた。だがら完全に記憶を消してしまうのをあえてやめておいたのだった。
(まさかこんなところで墓穴を掘ることになるとは……)
「旦那、どうです? アッシにしてやられた気分は?」
「ふん! 意外と賢いんで驚いたよ。頭の中にはちゃんと脳みそが詰まってたとはな」
「グヘヘッ。ずいぶん余裕を見せてるようですが、今の状況がわかってます?」
手足を拘束されてしまっていて、身動きが取れない状態だ。
「確かに事前に用意していた作戦は台無しになってしまったがな」
小男をにらみつけてやると、微かに「ヒィ」と悲鳴が聞こえた。
強がってはいても、しょせんは小物だというわけだ。
それを見て鼻で「フン!」と笑ってやった。
「俺が『接触タイプ』だってことを知ってるんだろ? おまけにすべてのスキルを消去できる『闇属性』の俺を相手に、こんなものは無意味だってことは──」
闇属性のスキルが発動しないのだ。
いや、正確には発動しているはずだが、体にまとわりついている土に、
「ゲッゲッゲッ!」
「高橋」だ。丸い肩を小刻みに上下させている。
「オラァのスキルを、そこらいる雑魚と一緒にされちゃあ困るぜェ」
そう言って隣にいる情報屋の小男と肩を組むのだった。
「オラァのスキルはよォ。『特別』なんだよォ。そうだろォ、このクズ野郎ォ」
小男はキョトンとしている。まさか自分のことだとは思ってないらしい。
すると「高橋」はもう一度、「そうなんだろォ。クズ野郎ォ」と、情報屋の小男を見るのだった。そのことでようやく理解できたらしい。
「ク、クズ野郎ってのは、アッシのことですか? ひ、酷いでさぁねぇ、男前の旦那」
「なんだよォ。テメェはクズじゃねえってのかよォ」
「い、いや、これでもアッシは一応、男前の旦那のお役に立つ情報を提供したわけで──」
「ああっ! テメェの情報がなけりゃ、オラァが勝てないって言ってのかよォ」
「高橋」の顔には明らかに怒りの色が滲み出ていた。
「Z地区で聞き込みをしたんだよォ。『佐藤』って奴か、そいつを探してる探偵は見なかったかってなァ。
そしたらよォ。テメェの方から寄って来て、勝手にベラベラしゃべりかけて来たんだろうがよォ」
「そ、そうなんですけど……」
「テメェがよォ、探偵が殺されるトコ笑みてぇって言ったんだろうがよォ」
「高橋」の口調がどんどん強くなっていく。明らかに怒りの感情が含まれているのだった。
「だから特別にここまで連れて来てやったんだろうがよォ! それなのにオラァに文句を言うのかよォ! おおォ⁉︎」
「お、男前の旦那……そ、そろそろアッシはこの辺でおいとましやすんで、お金を頂けやすか?」
「なんだよォ。探偵が死ぬところを見ていかねえのかよォ!」
「高橋」の腕が小男の首に絡まる。
「男前の旦那……な、何をしてるんで?」
小男は必死にもがいているが、「高橋」の腕から頭を引き抜くことができないようだ。
「金が欲しいんだろォ。もちろんだともよォ。払ってやるよォ」
「ちょ、ちょっと……」
頬にへばりついたタップリの贅肉を揺らしながら笑みを浮かべる「高橋」は、「あらよォ!」と腕に力を込める。
「だ、旦那? は、離して──」
次の瞬間、情報屋の小男の首がグルンッと180度回転するのだった。
首があらぬ方向に曲がった小男の表情は、恐怖に歪み、目は飛び出してしまいそうに見開いていた。
「あわわわっ」
「佐藤」はその場で腰を抜かしてしまったらしい。
尻餅をついたまま後ずさるのだった。
それに対して「高橋」は、怒り狂い地団駄を踏み始める。周りはまったく見えていないようだ。
「まったく卑しい男だよォ、コイツはよォ!」
そう言って「高橋」は小男の頭をまるでサッカーボールのように蹴り上げるのだった。目をひん剥いた小男は何度か跳ねて転がった。
「金、金、金って言いやがってよォ! 下品なんだよォ。オラァよォ。金に汚い奴と生意気な奴が大っ嫌いなんだよォ!」
さんざん遺体を弄んだ後、「高橋」はホコリを払うように腕や胸をはたくのだった。これで終わりなのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
「調子にのんじゃねえよォ、このクソ虫がよォ!」
今度は上から何度も踏みつけるのだ。
この様子からすると、この「高橋」という男は異常とも言うべきレベルで執念深い男のようだ。
「おい、『佐藤』」
「君の雷属性でこの土を取り除いてくれ」
「か、雷で?」
「土属性の天敵は雷なんだ。取り除けないまでも、まったく効果はないなんてことはないだろう。
『高橋』は自分のスキルのことを『特別』だと表現していたが、どこまで本当かはわからない。
ただ俺の闇属性のスキルで消せないのは事実だ」
「だったら何をやっても無駄じゃ……」
「見たところ、このスキルは『土属性』の一種なのは違いない。だから雷属性のスキルで亀裂でも入れられるはずだ。
そこから突破口が開けるかもしれない」
「で、でも……ぼくはまだ属性を自分で選べないんです」
「いいから適当にスキルを出してみろ!」
「無駄なんだよォ」
「高橋」がこちらを見てアゴを揺すっていた。どうやら小男の遺体を痛ぶるのは飽きたらしい。
「オラァのはよォ、水と土の属性を混ぜたスキルなんだぜェ。単体の雷属性のスキルなんかで取り除けるかよォ」
「水と土を混ぜたものだと⁉︎」
「デタラメ言うな。メイン属性とサブ属性を掛け合わせられるのは同じ属性だった場合だけだ」
「誰がメインとサブを掛け合わせたって言ったよォ」
「じゃあ──」
「オラァのはよォ。『
聞き慣れないスキル名に
「『
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