第3-4話 君ならどうしただろう

「『神威カムイ属性』だと⁉︎」

 凸守でこもりの驚いた表情が「高橋」を喜ばせたようだ。

「なんだよォ、探偵ェ!」

 肥えた腹をさすりながら、体を前後左右に揺すっている。もしかしたらこのまま踊り出すのではといった様子だ。

「まさか『神威カムイ属性』を持ってんのは、そっちの『佐藤』の兄ちゃんだけだと思ってたのかよォ」

「高橋」の「ゲッゲッゲッ!」という、しわがれた笑い声が響く。

「言っとくがよォ。オラァだけじゃねえんだよォ」

「なんだって⁉︎」

「オラァの仲間には、まだまだいるんだぜェ。『神威カムイ属性』を持ってる奴はよォ」

 凸守でのもりたちが険しい表情なのを見て、「高橋」はさも愉快そうだ。今度はわざとらしく口に手を当てている。

「おっと、ちょっとしゃべりすぎたよォ。これは秘密の話だったよォ」

 凸守でこもりは額に汗を滲ませる。

(「神威カムイ属性」を持ってる奴が他にもいるだと⁉︎)

 秘密の話──などと言いながら、わざわざ明らかにしたということは、「高橋」には自信があるかなのだろう。

 ここで確実に凸守でこもりと「佐藤」を確実に始末できる、と。

 現に「高橋」の「神威カムイ属性」の「阿夜詞志アヤカシスキル」からは逃れることができていない。必死に体をよじるが、ビクともしないのだ。

 それどころか先ほどまでは湿り気を帯びていた土だったのに、時間が経過して乾いてしまったのか、よりガッチリと体にまとわりついているような気がするのだった。

「佐藤! 早く雷属性のスキルで俺の体にまとまりついたコレを吹っ飛ばしてくれ!」

「で、でも、アイツは雷属性なんかは効果がないって……」

「あんなものはハッタリだ!」

 何の根拠もないことだとはわかってはいる。それでもこのまま手をこまねていると、2人ともヤラてしまうのを待っているだけになるのだ。

「少なくとも土属性が入ってる以上、天敵の雷属性のスキルを受けてまったく効果がないってことはありえない!」

「わ、わかりました。やってみます」

 だが「佐藤」は唸り声を上げて必死にスキルを発動させようとするが、雷属性どころか何も起こらないのだった。

「あ、あれ⁉︎ おかしいな……」

「集中するんだ。まず『神威カムイ属性』と唱えて、次に──」

「ゲッゲッゲッ!」

「高橋」は天を仰いで笑っている。

「なんだよォ。そっちの兄ちゃんは『大蛇オロチ』を使えねえのかよォ」

 そこまで言うと、ふと背後にいる小鳥に視線を向けた。

 嫌な予感がした。

 離れた場所からでも、彼女の表情が強張ったのが見て取れたからだ。

「だったら急いで始末する必要はねえよなァ」

 踵を返すと、小鳥の方へと向かう。

「先にこっちをいただくかァ。婚約者が見てる前でヤルのは興奮するだろォ?」

 そう言って小鳥の胸に手を伸ばす。


 甲高い悲鳴が公園にこだまする──


 と思いきや、実際に聞こえてきたのは「高橋」の「ムグググッ」という獣のようなうめき声だった。

 体をくの字に曲げて悶絶している。

 小鳥が「高橋」の股間に蹴りを喰らわしたのだ。

 大人しい見た目とは裏腹に、かなり気が強いらしい。

「汚い手で私に触らないでよね! このクソ親父が!」

 実に頼もしい限りだが、だからと言って事態が好転したわけではない。いや、むしろ余計に悪くなったと言えるだろう。

「高橋」は股間に手をやりながら、ピョンピョンと飛び跳ねる。何度かそれを繰り返した後、顔を真っ赤にさせていた。

 禿げ上がった頭頂部まで赤くなっているところを見ると、これぞまさしく「怒り心頭に発する」といった状態なのだろう。

「ふざけやがってェ! このクソアマぁ!」

 何度か大きく深呼吸して痛みが和らぐのを待つと、ツカツカとガニ股で近づいて行く。

 また小鳥の足が股間に向けて蹴り上げられるが、今度は難なく手で押さえつけられしまうのだった。

「同じ手が通用すると思ってんのかよォ。このアマがァ!」

 衣服に手をかけると、乱暴に破り捨てるのだった。そのことで小鳥の下着があらわになる。

「全員でイタぶってやるからなァ!」

 黒スーツたちに目を向けると、

「おめぇらも楽しみにしとけよォ。オラァの後にヤラせてやっからなァ」

 今度こそ、小鳥の悲鳴が響き渡る。

「佐藤! なんでいい! スキルを発動させろ! 今なら奴をやれる!」

「ぼ、ぼくでは、む、無理です……」

「何を言ってる! 彼女と結婚するんだろ! お前が守らないで誰が彼女を守るんだ!」

「佐藤」はその場にへたり込むと、うつむいしまう。

「佐藤!」

「……」

 何かをつぶやいていたようだが、凸守でこもりはうまく聞き取れなかった。

「なんだって⁉︎ 何を言ってるんだ!

「メ、メイン属性は……持ち主が死ねば近くにいる人に移動するんでしたよね……」

「一体何を言ってるんだ──」

 凸守でこもりは息を呑んだ。

「さ、佐藤……それは⁉︎」

 震える手には、白と赤のツートンのカプセルが握られていたのだった。

「佐藤」を誘拐しようとした黒スーツの賊たちが持っていたものだ。

「一郎さん!」

 小鳥は黒スーツの男たちを手を振り払ってこちらに向かって駆け出して来る。だが、すぐに腕を取られてしまうのだった。

「お嬢ちゃん、どこに行くんだよォ。これからがお楽しみだって言うのによォ」

「一郎さん!」

 自由になっている反対側の手を目一杯に伸ばす。が、そんなところからでは到底届くはずもなく、彼女の細くて白い腕は虚しく空を切るだけだった。

「探偵さん、どうか小鳥を頼みます……」

「待て!」

「佐藤」はカプセルを飲み込むと、奥歯を噛み締める。


 パチンッ!


 例の薬が爆ぜる時にする乾いた音が、凸守でこもりの耳の奥で響いた。

「佐藤!」

 凸守でこもりの叫びも虚しく、「佐藤」はその場に力無くうつ伏せに倒れるのだった。

 まるでスローモーションのようだった。

 すでに命を繋ぎ止めることができなくなった肉体は、地面に叩きつけられ、1回だけ微かに弾んでそれ以降ピクリとも動かなくない。


 凸守でこもりの中で、雷に打たれたような衝撃が走る。


 無念であるはずの「佐藤」の表情が、驚くほど穏やかだったからだ。


 なぜだ?


 きっと凸守でこもりなら、小鳥を救ってくれると確信していたからだろう。

(なんて馬鹿な男なんだ……)

 無性に腹立たしかった。

 どういう思考になれば、出会ってからわずか数時間の怪しげな中年男のことを、信頼できるというのだ。

 愚の骨頂──

 呆れてモノが言えない。

(俺が婚約者を見殺しにして逃げてしまうかもしれない、などと頭の片隅にも過らなかったというのか!)


「うおおおおおっ!」


 凸守でこもりの心臓は大きく脈打つ。

 これは自分の中に新しい「属性」が入ってきた時の感覚だ。

 今までに何度か新しい属性との入れ替えを経験しているから間違いない。

 ただし、火、水、土、雷、風の基本属性の時とはやや違った。

 鼓動が速くなるのは同じだが、背筋に悪寒が走る──そんな感覚があるのだ。

 もしかしたらこのスキルは、神に背き、人間が人工的に作り出した罪深いものだからなのかもしれない。

 目を閉じると、瞼の裏に文字が浮かび上がる。


    ──神威カムイ属性 大蛇オロチ──

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