第3-5話 君ならどうしただろう

     ──神威カムイ属性 大蛇オロチ──


 瞼の裏に映る文字をおでこの上あたりに浮かび上がらせるイメージを持ちつつ、左手に集中する。

 徐々にじんわりとではあるが、熱を帯び、微かな痺れが現れてくるのがわかった。


(ここか!)


 相変わらず「高橋」のスキル「阿夜詞志アヤカシ」のせいで全身が泥に覆われている。そのため実際に見えているわけではないのだが、左の手の平からは黒い靄が湧き出ているのを感じるのだった。


(これならイケる!)


 次に右手に意識を向ける。

 こちらは今までに何度も行ってきたことなのでお手のものだ。

 両手に闇属性の闇の霧スキルを発動させる。

 頭の中にまた文字が浮かび上がるのだった。


闇属性 深闇しんえんの濃霧スキル発動!》


 頭の中で唱え終えるかどうかのタイミングで、「高橋」の「阿夜詞志アヤカシ」は一瞬にして消え去ってしまうのだった。

(これが属性を時の威力か!)

 まじまじと自分の両手を見つめる。

「キャー!」

 悲鳴に我に返る。

 小鳥は地べたに押し倒されていて、手足を黒スーツたちに押さえ込まれているのだ。

 そしてスカート裾から彼女の太ももがあらわになっていて、朝の間に「高橋」が陣取っているのだった。

 凸守でこもりは素早く左手で地面に触れる。

「土属性 『土漠どばく』スキル発動!」

 小鳥を押さえていた3人の黒スーツは、たちまち土の塊の中に閉じ込められてしまうのだった。

 かろうじて頭だけが出ているため、まるで起き上がり小法師のようにゴロンゴロンと転がるのだった。

「見様見真似でやってみたが、なんとか使えるもんだな」

「て、てめえェ!」

 今まさに小鳥に覆い被さろうとしていた「高橋」は振り返る。

 先ほどまでの余裕はなく、表情を歪ませているのだった。

「どうやってオラァの『阿夜詞志アヤカシ』スキルから抜け出しやがったんだよォ!

 まさかのあの情報屋はオラァに話してない情報があったってことかよォ!」

 凸守でこもりは肩をすくめる。

「さあ、なんでだろうな。お前に説明してやる義理はないんでな」

「なんだよォ! もったいぶってんじゃ──」

「高橋」の視線が凸守でこもりのかたわらで止まる。

 そこに「佐藤」が倒れているのだ。

「まさか探偵ェ! 『佐藤』の『大蛇オロチ』をサブ属性に取り入れたのかよォ!」

 そう言って勢い良く立ち上がろうとするのだが、残念ながら「高橋」はズボンを膝下まで下ろしたところだった。慌てていたことも手伝って、仰向けに倒れてしまう。

「フガッ!」

 しこたま後頭部を打ちつけたようだ。車に轢かれたカエルのような声を上げる。

「イデデデデ」

 痛む部分をさすりながら体を起こす。

「ふざけやがってよォ! 絶対殺してやるからなァ!」

「お前、自分が置かれてる状況がわかってるのか」

「高橋」の目の前には、凸守でこもりが仁王立ちしているのだ。逆光のため、「高橋」からはその表情は見えていない。

「た、探偵ェ! テメェの全身から流れてんのは、雷属性のスキルか⁉︎」

「ああ。そうだ。ちなみに殺されるならどの属性がいい?」

 凸守でこもりの左手に電流が流れたかと思うと、次々に火、水、風、土と現れては消えていくのだった。

「ふざけたマネしやが──⁉︎」

 目の前から凸守でこもりが消えたのだった。

「ど、どこ行きやがったんだよォ」

「お前の後ろにいるよ」

「オラァをおちょくりやが──」

 振り返るよりも早く、また「高橋」の正面に戻る。

 凸守でこもりは自分でも驚いていた。実はこのスキルはあるがよくやる雷属性の「またたき」というスキルだ。

 全身にスキルを流すことによって神経伝達を上げることができ、目にも止まらぬスピードで動けるようになるのだ。

(試しにやってみたが、ここまでうまくいくとは。

 もしかしたらこの『大蛇オロチ』。

 俺に向いてるのかもしれないな)

 そんなことを考えていると、「高橋」がモゾモゾと動いている。

 どうやら膝まで下ろしていたズボンを、必死に上げようとしているのだ。

 だが、革のパンツだ。なかなか思うように履けないようだった。

「て、てめえェ、ちょっと待ってろよ。すぐに殺して──グエ!」

「高橋」は目をひん剥き、舌をだらりと出して、小刻みに震えている。

 おそらく今は、頭の芯を貫くような激痛に思考が停止していることだろう。

 凸守でこもりは「高橋」の股間を思い切り蹴り上げてやったのだ。

 気が強いとはいえ小鳥は女性。しかもどちらかと言えば華奢なタイプだ。

 その点で言えば、凸守でこもりは百戦錬磨。加えて男のドコを蹴り上げるのが最も効果的なのかは、少なくとも小鳥よりは知っている。

 加えて足には雷属性のスキルを発動させているため、蹴り電流のダブルパンチなので、たまったものではなかったはずだ。

 もしも凸守でこもりが蹴られた側だったのなら、「殺してくれ」と懇願していただろう。

 アルコール依存症なので手足の震えはあるものの、いつぶりだろうか、この時ばかりは体中に力がみなぎっているのを感じていた。

「高橋」に馬乗りになると、拳を叩き込むのだった。

 何度も何度も、だ。

 殴るのをやめたのは、単に体力が続かなかっただけだ。

 それに拳はもうボロボロになっていた。

「クソッ!」

 汗が滴り落ちる。

(情けない……こんなクソヤローを殴り殺せないなんて……)

「高橋」の顔は、もはや見る影もないほどに腫れ上がっている。それでもまだ息はあるようだった。

 呼吸するたびに、肺から「ブリュリュリュ」と甲高い音が聞こえる。

「ふ、ふらけんらよォ……れめぇ、ころひてやるからなァ……」

 頬が腫れ上がり、唇が裂けているため、何を言ってるのかわからない。ただ、この状態でもまだ凸守でこもりに殺意を向ける余裕はあるらしい。

「しぶとい野郎だな……」

 今度は首に手をかける。が、やはり力が入らない。そもそも「高橋」の首についた脂肪のせいで、うまく手が回らないのだった。

「グ、グゾ……だ、だんでいがァ……こんなことしてオ、オイダの仲間が……ら、らまってるどおぼうだよォ……」

「高橋」が腕を持ち上げようとしているのを見て、乱暴に手で弾く。

「この期に及んでまだスキルを使おうってのか。ムカつくヤローだな。命乞いすりゃまだかわいげがあるってのに……」

 口の中がねばつく。

 なんとか唾を飲み込むが、それでも喉が張り付いたように不快だ。

「同じスキルを同時に発動させた場合、効果は数倍になるのを知ってるよな?」

 闇属性のスキルを両手に発動させ、「高橋」の頭に触れる。

「ヤ、ヤメ……」

 すぐにずんぐりとした体はピクリとも動かなくなる。

 わずかに白い毛が混じっていた髪は、一瞬にして真っ白になってしまったのだった。

 もはやそこにいるのは、白目を剥き、ただ呼吸だけをしている肉の塊だ。

 凸守でのもりは中の塊から降りると、地面に仰向けになって倒れた。 

「い、一郎……さん……」

 顔を持ち上げると、「佐藤」の遺体のそばで、小鳥はへたり込むように座っていた。凸守でこもりの方に背中を向けているため表情は見えなかったが、小刻みに震える彼女の背中を見る限り、泣いているのだろうと想像できた。

 そんな彼女の姿をみていると、胸の真ん中あたりが鷲掴みされたような気がした。

 なんとか体を起こし、ヨロヨロとした足取りで小鳥のそばまで行く。

 そしてそっと上着をかけてやったのだった。

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