第3-1話 君ならどうしただろう

 例の「高橋」と名乗る男から指定された場所は、だだっ広い公園だった。

 さすがに「公園」というだけあり、あちこちには滑り台やブランコ、動物を模った遊具などが見える。当たり前だが。

 同時に、本当にここは「公園」なのか、と疑いたくもなるのは事実だった。

 理由はずいぶんと長い間、遊具たちは子供の手に触れていないのだろうと思わせる形跡が、そこここに見受けられるからだ。

 塗装がはげていて、下地が剥き出しになっている。中の鉄が錆びていて、ところどころがささくれ立っているのだ。

 これでは遊具で遊ぶ子供たちが怪我をしてしまうのだろう。だが、塗装し直さず放置しているのは、当の怪我をする主たちがいないからに他ならない。

 周りの木々は伸び放題になっていて、互いの枝が絡み合いとても窮屈そうだ。耳をすませてみれば、枝葉たちから「あっちいけよ!」「お前こそ」「近寄ってくんな!」と文句が聞こえてくる気がした。

 長年手入れされていないせいで、木々が邪魔をして太陽光が公園内にさしてこない。そのため薄暗く、どこかジメジメしているのだった。

 こんな状態だから人気ひとけがないのか、それとも人が来なくなったので寂れてしまったのか──ともかく現状だけを見れば、こんなところで子供を遊ばせたいと思う親はいないだろう、ということだ。

「ぶ、不気味なところですね……」

 凸守でこもりの隣では、「佐藤」がまるでお化け屋敷に踏み入れた者のように、やや腰を折り曲げ、慎重な足取りで歩を進めていた。 

「佐藤」の意見に異論はなかった。

 だからこそ、「高橋」はこの場所を選んだのだろう。

 地面は砂地で、数日前に降った雨のせいでぬかるんでいる。どうやら水捌けの悪さも不人気の理由の1つのはずだ。

 つまりここでなら、誰かに見られたり邪魔されたりする心配は少ないと考えたわけだ。

「よく来たなァ、探偵さんよォ」

 スマートフォンで聞いた不愉快な声がした。反射的に凸守でこもりたちはそちらの方を向く。

 視線の先には、ロケットを模ったジャングルジムがあるのだが、人の姿はなかった。

 どこにいるのかと探していたら、声の主はどうやらてっぺんに陣取っていたらしい。

 凸守でこもりは手で日差しを作ったが、そんなことでは逆光を防ぐことは叶わず、相手の顔は見えないままだった。

 ただ、シルエットからするとずんぐりむっくりとした体型のようだということはわかった。

 ロケット型のジャングルジムのてっぺんは、低く見積もっても3階建てビルくらいの高さはあるだろう。

(あんなところまで自力で登ったというのか……)

 丸々とした体型であの高さまで登れたのだとしたら、運動神経は悪くないのだろう。

「人質の彼女は無事なんだろうな」

 凸守でこもりは目を凝らしてみるが、やはり顔は見えない。それでも丸い肩が小刻みに上下に揺れているため、笑っているのかもしれないことは想像できた。

「もちろんだよォ。探偵さんよォ」

 逆光の中のシルエットの頭が遠くの方を向いた。

「おーい! お嬢ちゃんをこっちまで連れて来いよォ」

 合図をすると、公園の奥の木陰から黒スーツが出て来た。

 そして男たちに腕を取られ、連れてこられたのは探偵事務所で見た依頼人、小鳥だった。

「小鳥!」

「佐藤」が叫ぶ。

「無事か!」

「一郎さん!」

 本当なら、若いカップルの感動的な再会、となる場面なのだろう。が、それはすぐに台無しとなる。

 2人の間にドスンッ! と地響きを鳴らして大きな物体が落ちて来たからだ。ら

「おおっとォ! 勝手に感動の再会すんじゃねえよォ」

 どうやらジャングルジムの上にいた人物が飛び降て来たらしい。

 顔だけ見れば、夕方の駅のホームになれば大量に現れるような、どこにでもいるような中年男だ。

 顔は殻をむいた卵のようで張りもツヤもあるが、額がかなり広くなっていて、毛量もかなり寂しくなっているのだった。

 これでスーツを着ていれば、間違いなくサラリーマンだと疑いもしなかっただろう。

 ただ、格好は革のライダースに革のパンツ。それにブーツを履いている。中年のバイク乗りといった感じなのだ。

 あれが小鳥をさらった「高橋」というわけだ。

 体型の割にかなり身軽るのようで、高いところから飛び降りたのに痛がる素振りは見せない。

 凸守でこもりはジャングルジムのてっぺんと、ダルマのような丸いライダースを着た「高橋」を交互に見た。

(あそこから飛び降りたのか。にも関わらずピンピンしてるとは……俺とはずいぶん違うな)

 頭に思い描いていたのは、「佐藤」たちが住んでいたアパートだ。連れ去られそうになるのを追って、凸守でこもりもまた飛び降りたのだ。ただし「高橋」が降りたロケット型のジャングルジムの高さに比べるとアパートは半分もなかったのだが。

 それなのに凸守でこもりは足にかなりのダメージを負うことになってしまったのだった。

 スキルを使って足の痺れを取らなくてはならないほどだ。

 それに比べて「高橋」はすでにピンピンとしているのだった。

(酒……やめるかな……)

 いささかショックを受けつつも、探偵という職業を長年やっていたおかげで、常に頭の片隅では冷静だった。すばやく状況判断を行う。

(女を捕まえてる賊は3人、それから「高橋」の合わせて4人か──)

「さあ、探偵さんよォ。そこの兄ちゃんをこっちに渡してもらうかァ」

 凸守でこもりが目配せをすると、「佐藤」は厳しい表情を浮かべたままかすかにアゴを引くようにうなずいた。

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